第三十三話 ~些細な変化と大きな変化~
私の内心の焦りに気付く様子もなく、白間はわざとらしく手をポンッと合わせた。
「そうだ、暇なら僕の仕事のお手伝いしてよ」
「仕事?」
こいつ仕事なんてしているのか?
確かに学生にしては見た目年齢が高いとは思っていた。てっきり私のように年齢と誤差を感じる見た目の体を引いたのだと思っていたが、まさか社会人としてエスケープしているとは……。
いや、それを悪いとか言うつもりはないが、こいつの雰囲気からしてチャラチャラした大学生のような印象が強かっただけに意外な事実だ。
「具体的に何をするんだい?」
「僕と一緒にパトロール!」
……ちょっとでも興味を持った私が愚かだったんだ。
立派に働いている人は知り合ってすぐの赤の他人、しかも学生の女の子に仕事を頼んだりしない。
ため息をつきながら、一応話の続きを聞いてみる。
「それはこうしてぶらついてるのと何が違うのさ……」
「ぶらついてる時にトラブルに巻き込まれたら迷わず逃げるけど、パトロールの時に巻き込まれたら、積極的にそのトラブルを解消するために動く。やってることは同じでも、だいぶ意識は変わると思わない?」
悔しいが、言われて一理はあると思った。
それと絶対にこいつに言うつもりはないが、今の私にとって、誰かと必ず会えるという約束はそれだけで魅力的なものだった。
たとえそれが、痴漢変態野郎だったとしてもだ。
「なるほど。確かにただぶらつくのとはワケが違うな。……いいだろう。私もその仕事とやらに協力しようじゃないか」
「やりぃ。言ってみるもんだ」
呑気に喜ぶ白間だが、世の中そんなに甘くない。
私はわざと悪い顔を作って、白間へ不敵に笑いかける。
「ところで君は仕事と言ったな、ボランティアではなく」
「あ、待って。その流れはよろしくないぞ」
「私は仕事だから付き合うと言ったんだからな、給金は出したまえよ」
「……ジュースあたりで手を打つってのは?」
「貧乏な雇用主ではその辺りが限界か」
別に本気で言ったわけではない。
ただそう言っても大丈夫な奴だと思っただけだ。
退屈だった一ヶ月間が嘘のように、そこからの時間は早かった。
白間はあんなことを言っていたが、そもそも人口が少ないこの街でトラブルなんてものには滅多に出くわさない。だから、白間といたところでやってることは何も変わらなかった。
一人で街をぶらついていたのが二人になっただけ。
たったそれだけなのに、見慣れた景色は色を変えた。
がらがらで人のいない学生寮にこっそり忍び込んだ。
だだっ広いだけの公園を二人で駆け回った。
手当たり次第にビルに入っては、意味もなく最上階まで登ったりもした。
くだらないことを駄弁りながら、街のあちこちを見て回り、白間の買ったジュースを何となく気に入った西区にあるビルの中で飲んで締める。
他愛のない時間はあっという間に過ぎていき、気が付いたら待機していた希望者全てのエスケープが完了していた。
ゴーストタウンだった西区の街は新しい生活が待ちきれず、開校されてもいないのに制服姿で出歩く学生で溢れかえった。
かくいう私も自分が学生だった頃とは似ても似つかない可愛らしい制服に心躍らせ、どうせ街を回るなら制服姿の女の子と歩きたいなどという白間の口車に仕方なく乗ってやり、いつしか外へ出るときの格好は、私服よりも制服を着る割合のほうが多くなっていたが……。
忘れていた青春をもう一度やり直しているようで、自分が期待したことがそのまま形になった現状に私は満足していた。
けれど、事件は起こり始める。
ここ最近になって、中身は成熟した大人であるはずのリターナーが、若者がするような喧嘩やトラブルを起こすようになってきていた。
それこそ意味のないものと思っていた私と白間のパトロールが意味を持ってしまうほどに。
だが、それは別に驚くようなことではない。年齢を重ねていても、人が増えればその分揉め事は起きる。
ましてや、生まれ変わりなどというかつての私たちからすれば夢物語のような経験を実体験している真っ最中だ。
浮かれて揉め事を起こすくらい仕方ないことだろう。
事件というのはそれとは別。
と言っても、これは私にとっての事件でしかないわけだが。
パトロールがそのままの意味でパトロールとなり始めて、しばらく経ってからのことだ。
……白間が私との仕事の回数を明らかに減らしてきたのだ。
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