第三十話 ~人為的な輪廻転生~
人為的輪廻転生計画と呼ばれる大規模な革命に私は賛同した。
別に国のためだとか、老い先短いのが怖かったわけではない。
反対する人も多かったけど、私からしてみれば不思議でならなかった。
自分の子供の頃とは全く違う環境を子供として味わうことができる。
皆はそれを体験してみたいとは思わないのだろうか?
人為的な輪廻転生。
神様がやる仕事を横取りするわけだから、死んでからは碌な目に合わないかもしれない。
けど、それでもやってみたい。
そんな純粋な興味から私はこの計画に賛同していた。
期待に胸を膨らませ試生市に来てわずか三日。私は転生を果たすことになった。
中央区にあるセンターの一角。いかにも近未来的な卵形のカプセルの中で私は目を覚ます。前面の扉が上にスライドし、私に出るよう促してきた。
扉が開いたら出てもいいと言われていたが、まだ扉の開いていない人が入った無数のカプセルが見えてしまい、思わず体が止まる。
入る前とは違う白一色で統一された見覚えのない部屋も私の戸惑いに拍車をかけた。エスケープ後の体は別のルームにあると説明されていたのに、いざ理解の追い付かない状況に実際に遭遇すればそういった事前の説明は完全に抜け落ちてしまっていた。
恐る恐るカプセルから顔だけ覗かせてみようと手を前に出して──私は息をすることも忘れるくらいの衝撃を受けた。
見慣れてしまった皺のある手ではなく、ハリのある綺麗な手がそこにはあった。
それを見て本当に自分が若返ったのだと実感する。いや、若返りじゃなく転生か。だが実感したのもつかの間、自分の手を見ていた私はあることに気がついた。
おや、なんかだいぶ幼くないか?
想定よりも体のサイズがいろいろ小さい気がする。いや、まだ鏡を見たわけでもないのだから決めつけるのは早いが、若いというよりも幼いという印象を自分の体に受けた。
十代ってこんなだったっけ? と自分の記憶とにらめっこが始まってしまう。
「大丈夫ですか? ご気分が優れなかったりされてます?」
いつまでもカプセルから出てこないことを心配したのか。白衣の男性が小走りに近づいてきてカプセルを覗き込みながら私にそう聞いた。
戸惑っていただけとバレるのが恥ずかしくて、白衣の男性にすぐ返答する。
「いえ。大丈夫で……!」
そう答えた自分の声に、またしても驚いてしまった。
全く聞きなれない可愛らしいその声が自分の喉から発せられたことが信じられない。
狼狽える私だったが、こんな反応は予想の範疇らしく、白衣の男性は淡々と手元のタブレットへと視線を移しながら次の質問をしてくる。
「確認になります。お名前を言っていただいてもよろしいですか?」
「あ、はい。私の名前は──」
私が迷いなく答えたその名前をタブレットで確認し、白衣の男性は頷いた。
「次に違和感や動かない箇所などがないかを確認しますので、少し動いてみてください」
促されるままにカプセルから出る。そのまま手や足を軽く振ってみた。
ここで三度目の驚きがあった。
人工物である以上、今までのような感覚とは変わってしまうのだろうなと思っていたのだが、何の違和感もなく私の意思の通りに四肢は動いてくれた。何なら関節に痛みがないこちらのほうが快適なくらいでもある。
感動すら覚えつつ、興奮気味に問題がないことを男性に伝えた。
「問題ありません!」
「最後にリミッターが正常に解除できるか確認します。どうぞこちらへ」
病院のような通路を進んで行き、建物の外へと出た。
そこは何の変哲もない四方を柵で囲まれた運動場。寒いという程ではないが、薄い生地で出来た患者服のような格好の私は外の風を肌に感じて思わず身震いしてしまった。
生身の体とあまりにも違いがなくて、この時は気付かなかったけど、感覚も普通にあるんだなということを後々になって私は思い知ることになる。
「では、リミッターを解除してみてください」
言われるままに自分の中に意識を集中する。特にやり方を教わっているわけではない。そういったことは全てこの体にインプットされている。
カチッと自分の中の何かが外れたような感覚がした。
「解除できてますね。それでは、自由に走ったり跳んだりしてみてください」
自分では特に変わったところはないが、男性はそう言って私から距離を取る。
この時の私はまだ半信半疑だった。
感覚的には何の変化もないというのに、人間離れした身体能力なんてものを得ることが出来ているのだろうか。とにかく動かないことには何もわからないと思い、試しにその場で思いきりジャンプをしてみた。
直後、私は本気で後悔した。本当に本当に……後悔した。
五階建ての建物の窓から地面を見たらこれくらいの高さかもしれない。
ジャンプで到達してはいけないし、たとえ安全装置をつけていたとしても恐怖を覚える高さに私はいた。
「ひぃ……!」
反射的に手をバタつかせる。
だが、空中では空気を掻くしかなく、私の体は空へと上昇を続け──最高点に到達したのだろう。流れていた景色が一瞬止まった。
しかし、跳ぶというより飛ぶに近い体験はまだ終わっていない。
跳んだら落ちるのだ。
遊園地のアトラクションでしか感じたことのない、内臓がふわっと浮く感覚が襲い掛かってきたのはその直後だった。
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