三章 それは彼女が知る真相

第二十九話 ~綻ぶ思い出~


 目が覚めると、そこは知らない世界だった。


 この感覚に陥るのは二度目だ。

 もっとも一度目と違い、今回に関してはあくまで主観の話だけど。


 けれど、『知らない世界』そう言ってしまっても問題ないだろう。

 ずっと一緒だと思っていたものが、唐突に自分の前からいなくなってしまえば、そこはもう別世界だ。


 例えそれが本来ならばなかったものだとしても、一度知ってしまったからには失くしたあとでもすがりたくなる。


 思い出なんてそんなものだ。


 あの頃は良かった。あの頃が一番楽しかった。

 一度湧き上がったその感情はとめどもなく溢れ、溺れそうになる。

 でも、溺れることをどこかで望んでいたのかもしれない。

 代わりなんてものを知ってしまうのならば……。


 あの頃は良かった。でも、今もいいかもしれない。

 あの頃も楽しかった、と。

 一番だと言えなくなる日がくるかもしれない。


 怖い。

 自分がそうなってしまうことがとてつもなく怖い。


 そんなにかまわないでくれ。

 笑わせないでくれ。

 怒らせないでくれ。

 安心……させないでくれ


 そんなに強くないんだ。


 君を忘れたくない。

 だからお願いだ。

 どうかキミは……私の大切にならないでくれ。

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