第二十八話 ~先を見る者達~
「風石津羽音の今の扱いは事実上の犯罪者です。それをあなたが庇い続ける理由を知りたい。逃亡を手助けしている共犯者ということにもなりかねないというのに、彼女に加担するのはどういう理由があってですか?」
莉緒がどこかの組織に所属するエージェントか何かだと思っているのだろう。
雨切が発する気配は明確に敵意を含んでいるが、殺意だけは薄れていた。
当初の考え通り、殺さず身柄を抑えたほうがいい。
そういう判断なのだろう。
煙を吹き出していたバッテリーの爆発音が止まった。
これでもうしばらくすれば、煙幕は完全に晴れる。
なにより二人の声を遮っていた爆発音が止まった以上、余計な会話をだらだらと続けるわけにはいかない。
莉緒は雨切に顔を近づけると声を潜めた。
「この街は間違った方向へ行こうとしてる」
「それを止める組織だと?」
「これは俺個人の意思だ」
莉緒が飛び退り、自ら煙幕の中から抜け出した。
その姿を見て、真が歓喜の声を張り上げる。
「生きてる⁉ 絶対に死んでると思ってた‼」
「援護くらいしてくれても良かったんだけどな‼」
「そう言うなら煙に突っ込まないでよ‼ お前が見えないから下手に爆弾も投げられなかったの‼」
いつものテンションに戻った莉緒。
この反応を見る限り、雨切との会話もリターナーである雨切の攻撃を躱したところも真は見聞きしていないようだ。
少しだけ胸を撫で下ろし、莉緒は煙の中から現れる雨切へ視線を移す。
鈴無はまだ生きている莉緒を訝しげに見てから、困ったような目で雨切へ視線を移していた。
「まだ生きてるけど……?」
「拘束すると言いましたよ」
「でも、それも出来てなくない?」
雨切が莉緒と交戦に入ったことで、目的は達せられると思っていたのだろう。
だからこそ、莉緒が無事でいることが鈴無は信じられないようだった。
戸惑う鈴無を一旦無視して、雨切は莉緒を見る。
「では、あなたは風石津羽音の共犯となる。その道を選ぶのですね」
「今更だろ? 俺が公園でそちらに組してるリターナーに対して攻撃をしたのはすでに知ってるはずだ」
「……現状この件は政府の中でも一部の人間にしか知らされていない特殊な案件になっています。公園でのことも同様です。あなたが手を引くならば、記録から抹消される。ですが、それも長くは続かない。あなたが風石津羽音を庇い続けるのならば、いずれ正式にあなた方二人は不適切殺人を行った犯罪者として扱われることになる」
そんなのは覚悟の上だ。何ならあえてその道を選んですらいる。
だから、莉緒はこのタイミングで自身の目的を明かすことにした。
「政府の人間であるあんたは信じられないだろうが、津羽音の容疑は誤認である可能性がある。容疑を晴らすまで行けるかはわからないが、俺はあの娘を救いたい。それが終わるまで、俺は津羽音の共犯でいるつもりだ」
咄嗟の言い訳にも聞こえるが、朝倉莉緒の特殊性を加味すれば、それをただの言い訳と流すのも難しい。
あとはこれを雨切にどう信じさせるかだ。
「……誤認の恐れがあるならば、風石津羽音をここで間引くのは得策ではないですね。あなたの様子を見るに考えもあるようですし、風石津羽音も含めて、今は見逃しましょう」
「ちょっ⁉ 雨切⁉」
そのはずだったのに、何の追及も確証もなく、雨切は話の全てを受け入れた。
やけに聞き分けの良い雨切に莉緒も戸惑った顔になる。
「……信じるのか? 根拠も何も話していない俺の言葉を」
「あなたが信頼に足るかどうかはまだ判断できません。しかし、自分に嘘をつきながら仕事をすることを一度放棄しようと思える話でした」
雨切が莉緒たちに肩入れするような行動を取る理由がわからない。
だが、その理由はとても単純なものだった。
「今回の件。色々不信感を持っているのはあなただけではないということです」
リミッターの解除まで見せてこの対応。
雨切の真意までは正直わからなかった。
だが、煙を突破してから、雨切は一切の攻撃もせず、話も全てを莉緒に合わせていた。
リターナーであることを隠している。それを最大限尊重した行動を取られた後とあってはここで言葉に甘えることを愚かだと切り捨てることこそ愚かだろう。
礼を言うこともなく、莉緒は雨切たちに背を向けると走り出す。
真も戸惑いながらそれに続き、浴場から脱出した。
それでもバツの悪さを感じ、浴場への戸はすぐに閉める。
突入の際にとっ散らかした荷物を手早くまとめ、ある程度片付いたところで大きく息を吸い込み……。
「「何はともあれ、助かったぁ……!」」
緊張の糸が一気に切れた。
その場でへたり込みそうになるのをぐっと堪え、莉緒は爆発させずに済んだ真の充電器を取り上げる。
てっきり武器として自分の持ち物に加えるのかと思ったが、風呂の水で濡れたヤバ気な爆弾を莉緒は真の鞄へと押し込んだ。
「ねぇ、それ暴発しない? 物凄くやばいものを僕に押し付けようとしてない?」
「安心しろよ。俺はちゃんとごめんなさいが出来る男だ。爆発したらしっかり謝る」
「それで許せる自信ないけど⁉」
威力は目の当たりにした通りだ。
背中で爆発したら、それ相応のダメージを覚悟しなければならない。
色々と文句を言いたいところではあったが、今は奇跡的に見逃された場面。ここであーだこーだと言い合い時間を潰すわけにもいかない。
荷物が詰め込まれた鞄を掴み、改めて二人は走り出す。
「さてさて、あの不健全空間は終わってるんだろうな?」
「終わってなかったら、もうちょっと待ってって雨切に頼んでみる?」
「めちゃくちゃ困惑するだろうな、それ」
脱衣所を抜けた先は健全か不健全か。どちらかと言えば、不健全の方がいいなぁなどと思いながら、暖簾をくぐった先で二人を待っていたのは──
「あ、遅いよ二人とも! ねぇどうしよう、津羽音ちゃんがいないの!」
「「え~……」」
予想してなかった超ド級の新たな問題だった。
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