第二十七話 ~刹那の交戦~


 泣き顔から一転、赤面し始めるおかっぱ少女改め鈴無。

 ずぶ濡れとなっていたセーラー服にさりげなく自分が着ていたスーツのジャケットを羽織らせながら、シャワーを止めて二人が立ち上がる。

 莉緒たちのようなバカ騒ぎはないが、間違いなく盛り上がっているお二人さんと反比例するように、テンションが急速に冷めた莉緒と真は白けた口調で文句を垂れることにした。



「俺たちお邪魔か?」

「消えろってんなら、喜んで消えますが? この世からじゃなくてこの場からって意味だけどね」



 隊なんて組む必要はなかった。

 雨切がすぐに慰めに行けば、莉緒たちが余計なことをすることもなく、穏便に解決していた気がする。というか間違いなくそうだ。

 冷たい視線を真っ向から受けながら、雨切が莉緒たちへと向き直る。



「では、仕切り直して仕事に戻ることにしましょうか」



 しかも、何食わぬ顔でそんなことを言い始めた。



「うっわ、そうだよ。忘れてたけど俺たちの状況ってそうだったじゃん……」

「すっごい長い時間掛けたのに、突入時と状況が何ら変わらないというね……」



 床に無造作に置いていた充電器を手に取り、臨戦態勢の構えを取る。

 だが二人に反して、雨切は特に攻撃の構えをすることはなかった。


 まぁ見てくれは充電器に電池パックを括りつけたよくわからない物体なのだから、変な警戒をされないのも仕方ないといえば仕方ない。それでも、よくわからない何かを持っていることがわかれば、もう少し反応があってもいい気はする。


 何を企んでいるのかと警戒する莉緒たちだったが、いくら待っても雨切の目が赤く変わることはなく、何故か自嘲めいた雰囲気で更に口を開いた。



「正直に言うのであれば、私はあなたを間引くことに乗り気ではないのですよ。詳しいことを伏せられた状態で指示された、治安維持活動という名目での異端分子の排除。ざっくりした説明を聞く限りでは、風石津羽音が間引かれるのはまだ理解も出来ますが、あなたまで間引かれる理由が私にはわからない」



 そんな迷いを聞かされて、莉緒も思わず言い返す。



「こっちからしたら、津羽音が間引かれるのも理解はできないんだがな」

「エスケープをしてる私が言うのも説得力に欠けますが、そこは倫理観の問題でしょう」



 詳しいことが伏せられているとは言っていたが、津羽音が間引かれる理由が過剰傷害であることは知っているらしい。でなければ、倫理観なんて言葉が出るはずはない。

 雨切という人間の本質はまださっぱりわからないが、この状況で会話が成立するのなら、もしかしたら交渉の余地があるかもしれない。

 莉緒の今の目的を話すことで、津羽音の容疑が揺らぐ可能性を雨切が認めてくれれば、ここから逃げることも不可能ではなくなる。

 戦闘を回避した上でこの場を切り抜ける。そんな一筋の希望が見えた気がした。


 だが、仕事にどこまで私情を挟めるかは別問題だった。



「こうして話をしてみても、人間として清く正しいかは別にして、私にはあなたを間引く理由を見つけることは出来ませんでした。ですから──」



 雨切の瞳が再び赤く色づいた。

 それと同時に、手に嵌めているグローブがまるで手の甲から伸び出しているように見える剣の形へと変化する。


 始まりの兵装アメノトツカ

 一番初めに開発された対リターナー兵装パニッシュメント・ウェポンであり、現行のリターナーに搭載される兵装との大きな違いとして、武器であること以外に特殊な付属効果がついていない。


 単純な殺傷能力では劣るが、使用環境を選ばず携帯することが可能となり、使い手の実力が素直に反映される武装だ。



「あなたを拘束します。全てが終わるまで大人しくして置いて貰えれば、あなたは間引かなくても済みそうですから」

「あいにくとそう素直に従う性格じゃねぇよ‼」



 手に持っていた爆弾を莉緒は眼前へと放り投げた。

 そして、さらに持っていたもう一つの爆弾を放り投げた爆弾へと思いきり投げつける。


 耳をつんざく破裂音と共に爆弾がさく裂し、いくつもののバッテリーが煙と炎を吹き出しながら莉緒と雨切の間に煙幕のカーテンを生み出した。



「目眩ましをしたところで不利なのはむしろあなたたちでしょうに」



 武器を持つ雨切と投げつけた爆弾以外には武器となるものを持っていなかった莉緒たちでは煙幕に突入するリスクは天と地ほどもある。


 いつでも剣を振れるようにと腕を引きながら、雨切が煙幕へと突入した。

 煙幕と言っても、あくまで爆発の副産物として生み出されたもの。

 目と鼻の先まで接近しなければ相手が見えないなんてことはなく、一メートルほど近づけば、相手の顔は見えてくる。



 だから、雨切は莉緒を見た瞬間、何の躊躇いもなく殺すつもりで剣を振るった。



「聞いてた話と違うな? 拘束するんじゃなかったか?」

「……なるほど、あなたまで殺せという内容に合点がいきました」



 振り抜こうとした剣。

 だが、雨切の腕は莉緒の足で止められていた。

 赤く染まった両者の視線が間近で交錯する。



「……私の見た記録ではあなたがエスケープを受けたという記録はなかったはずですが、色々と訳アリのようですね」

「察しが良くて助かるよ。けど、あんたの上が俺を片づけようとしているのは俺の秘密が理由じゃない」

「そうですか。では──」



 止められていない腕を雨切が莉緒へと突き出した瞬間、莉緒はブレイクダンスでもするように体を地面に滑らせる。

 莉緒の頭上を新たに伸び出した剣が貫いていくが、躱されたことを見るより先に自由になった腕で雨切は即座に追撃をかけていた。


 その斬撃は反射で反応したとしても躱せるものではない。良くて顔の前に手をかざせるかどうかというくらいだろう。



「見くびるなよ!」



 必殺のはずだった斬撃をそれでも莉緒は体を捻ることで躱していく。

 更には捻った勢いで体を回し、雨切の顔面へと回し蹴りを放っていた。


 ギリギリで顔を逸らされ、鼻先を掠るだけに終わった攻撃だが、そもそも反撃をしてきた時点で異常。

 莉緒を見る雨切の目は研ぎ澄まされた体術に対する尊敬と得体の知れない化け物を見る畏怖の念が混じっている。



「…………あなたが風石津羽音を庇う理由は何ですか?」



 学生がただの勢い任せで動いているわけじゃない。

 対等な相手と認められ、莉緒はやっと雨切を話し合いの場に引き摺り出すことに成功した。

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