第二十六話 ~結成! 笑顔を取り戻し隊‼~


 静まり返る浴場に少女のすすり泣く声とシャワー音だけが響き、死にたくなるほどの罪悪感が男三人の心の奥底から止めどなく湧き上がっている。


 作戦は成功した。

 この状況でキレるのではなく、泣き出したということは唐突にリミッターを外して襲い掛かってくることもおそらくないだろう。

 これで少女はしばらく戦力に数えなくて済むはずだ。

 加えて、凄惨なおかっぱ少女の姿は雨切にも精神ダメージを与えている。


 絶好のチャンスだった。

 莉緒たちがこの状況を覆す大チャンスが到来していた。

 今ならば手に持つ簡易爆弾で二人に大ダメージを与えることは難しくない。

 雨切は我に返って反応してくる可能性もあるが、ずぶ濡れで涙を流すおかっぱ少女に爆弾を投げつけてもきっと今の少女はそれに対応できないだろう。


 口撃こうげきで少女を辱め、腰巻きタオルで心に傷を負わせてから、泣いているところに爆弾を投げつけるという主人公とか関係なしに外道な行いを完遂させられれば、絶体絶命だった状況は間違いなく覆せる。


 ……だが、精神ダメージで死にたくなっているのは言った通り三人共だった。

 というよりも、人の心を捨ててはいなかったとも言える。

 戦犯二人はぽとりと爆弾を取りこぼした。

 そして、雨切に近づくとその肩を弱弱しく小突く。



「ちょっと、雨切さん……あんたがあの娘にタオルを外させたりするから……」

「何を言っているんです……元はと言えば、あなた方が全ての元凶ではないですか……」

「最初に言い始めたのは莉緒だ……お前じゃん、お前が悪いんじゃん……」



 お互いに認めることなく罪をなすりつけあう三人だったが、その罪の十字架を自分が背負わなかったところで目の前に地獄がある事実は変わらない。

 だからこそ、犯した罪を受け入れた彼らは敵という垣根を一時的に掻き分けて、泣いてる女の子に笑顔を取り戻すために団結する。

 この地獄を終わらせるために‼

 そんなわけで。



 おかっぱ少女に笑顔を取り戻し隊・一番手 朝倉莉緒


「よ、よぉ? そこの日本人形みたいなお嬢さん。そんなに泣いてどうしたんだい? キミに涙は似合わないとお兄さんは思うなぁ」

「……ぐすっ……だれ……?」

「君の涙を止めに来た紳士です」←ビッチと最初に言い出した男。

「あっちいけぇぇぇぇぇぇぇぇ! ふぇぇぇぇぇぇん!」


 作戦失敗、撤退!



「更にひどくなってしまったじゃないですか……」

「そりゃ慰めに来た人だと思って振り向いた先に、ビッチ呼ばわりの戦犯がいたらね……」

「俺には彼女を慰める資格はなかった……」

 肩を落としている暇などない。時は一刻を争う。

 主に男たちの精神衛生面を理由に。

 だから、次だ! 次々ぃ!



 おかっぱ少女に笑顔を取り戻し隊・二番手 伊崎真


「そこの日本人形みたいなお嬢さん、さっきはごめんよ。あいつの口車に乗せられたせいで、思ってもいないことを言っていたんだ。君はビッチなんかじゃない。その日本人形みたいな見た目の通り、清い娘だって僕はわかっているよ」

「……ほんとうに?」

「本当だよ、そうじゃなきゃ泣いてるところを見たくないなんて思わないだろ?」

「…………うん」

「ほら、これで涙を拭いて」

「ありが──」

「どうしたの?」←さっき自分が外したタオルを渡そうとする男。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ⁉ 近づけるなぁ! それを近づけるなぁぁぁぁぁぁ‼」


 作戦失敗、戻れ!



「最後のあれはどんなプレイなんだよ⁉」

「あれしか涙を拭えそうなものがなかったんだよぉ……!」

「それもですが、あなた方が例えに使っている日本人形みたいって表現は果たして褒め言葉として正しいのでしょうか?」

「女の子はお人形さんみたいって言われるのが嬉しいんじゃないのか?」

「それは主に洋風な人形を指してでしょう」

「じゃあ、ああいう和の方向に対しての褒め言葉ってなんだろうね?」

「普通に可愛いとか綺麗で良いのでは?」

「「盲点だった」」

「あなた方は本当に……」



 だが、最後が最悪だっただけで慰めた効果があったのは事実。

 だから、いけっ! 最後の砦‼ あんたに全てがかかってる‼



 おかっぱ少女に笑顔を取り戻し隊・三番手 雨切時雨


「落ち着いてください鈴無。可愛い顔が台無しですよ」

「…………アタシ知らなかった。雨切がアタシを……そういう眼で見てたなんて」

「それは誤解です。私が尤もだと言ったのは、あなたが男湯に入ってしまっている変態という部分のことです。もちろんこれに関しても彼らから見たらという言葉を付けた上でのことです」

「じゃあ、雨切はアタシのことをビッチとか思ってない?」

「思うわけないじゃないですか。あなたの口調がガサツなことを注意することはあっても、それで鈴無のことを卑下したことはありませんよ」

「雨切ぃ……!」

「タオルの件は本当にすみませんでした。気の置けないあなたが故に思わず頼んでしまったこととはいえ、あなたが女性であるということを蔑ろにした私をどうか許してください」

「……うん、許す。雨切がアタシをちゃんと相棒として見てくれてたってわかったから」

「ありがとうございます。それと、やはりあなたはガサツな口調よりも今みたいな口調のほうが似合うと思いますよ」

「う、うるさい! こっちが素だからいいんだよぉ!」


 ……作戦成功。速やかに爆発せよ。

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