第二十五話 ~やらない後悔よりやった後悔~
「アタシに間引かれに来たってことかぁ?」
そこまで高くない身長に華奢な体。
今時珍しいおかっぱカットに整った涼しげな顔。黙っていれば日本人形のような美しい見た目の少女は、その見た目に全くそぐわない獰猛な笑みを浮かべている。
雨切一人ならば運よくいけば対処できるかもしれない。そんな希望的な作戦しか持っていない状況で、このおかっぱ少女の参入はあまりにも絶望的だった。
勢い勇んで突入した姿勢のまま二人は動けなくなる。
前提が崩れた。
一人増えるという単純かつ致命的な戦況の変化を前にがむしゃらに突っ込むのは自殺行為でしかない。
雨切の仲間ということは、彼女もリターナーであることは間違いないだろう。
このまま戦闘になれば、あのおかっぱ少女の戦闘能力が高い低いに関わらず、不利なのは明白だ。
最悪リミッターを外すことも視野に入れていた莉緒だが、一度に二人を完璧に相手取れるかはかなり怪しい。
おかっぱ少女から雨切ほどの脅威は感じないが、それでも莉緒が雨切に手こずっている間にリミッターを解除して真を襲われてしまえば、庇い切れるかは自信がない。
──つまり力業じゃだめだ。腕力に頼らないであの女を無力化するにはどうしたらいい……?
相手は女子だ。
しかも強気な感じが見て取れる。
莉緒の知る限り(主にフィクションからの知識)、ああいうタイプの女子は意外と精神的に打たれ弱い。
腕っぷしではなく、心理的に仕掛ければ崩せる糸口が見つかるかもしれない。
莉緒が真のほうに目を向ければ、タイミングよく真と目が合った。
エスケープに萌えを見出す男だ。彼も莉緒と似たようなことを考えていたのだろう。
目が合うなり、小さく頷いてくる。
よし、ならばやるだけやってみよう。どうせダメならやらなきゃ損だ。
以心伝心した莉緒と真はおかっぱ少女を指差しながら同時に絶叫した。
「「変態だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼」」
浴場に響き渡る絶叫。
思わず耳を塞いだおかっぱ少女だったが、それでも内容は聞こえたらしい。
しかもその対象が自分だと気付いた瞬間、さっきまでの強気な雰囲気が崩れ去り、わたわたと狼狽し始めた。
「待て! アタシを見るなり、なんだその反応は⁉」
「男湯に堂々と入ってきている女を変態と呼ばずして何と言う!」
「しかもセーラー服! いやらしい! あぁいやらしい!」
「いやらしくない! 制服をそういう目で見るお前たちがいやらしいんだ!」
「男湯に入ってる変態とは認めるんだな?」
「しかもおかっぱとかいう黒髪ロングと双璧を為す清楚スタイル」
「何しに来てるんですかねぇ?」
「そりゃナニしに来たんじゃないですかねぇ?」
「何なんだよお前らのそれは! セクハラだぞ!」
「今この場ではお前の存在こそセクハラだぞビッチ」
「男を捕まえに来たら、誰もいなくて持て余してる最中ですかビッチ」
「ビッチじゃない!」
「「狙ってるとしか思えない清楚な見た目の女子は大抵ビッチだと相場は決まってるんだ‼」」
「な……なんだよぉ……アタシ、ビッチなんかじゃ……ないもん」
偏見全開の畳みかけるようなセクハラ発言を受け、さっきまでの不似合いだった強気な雰囲気はどこへやら。おかっぱ少女は泣きそうになりながら下唇を噛んでいる。
見た目に合う姿になったおかっぱ少女を見た瞬間、セクハラ男子二人は心の中でガッツポーズをした。
──おっしゃ‼ 思った以上にいけそうだぞ‼
休むことなくさらに畳みかけようとする二人だったが、何故かここまで口を出さずに静観していた雨切が、誹謗中傷に晒されているおかっぱ少女を助けるために口を開く。
「淑女をいじめるものではありませんよ?」
「そう言いながら俺たちを止めたりはしなかったよな?」
「実はお前もそう思ってるんだろ!」
「違います。ただ君たちが言うのもある意味では尤もだと思っただけで」
驚いた顔でおかっぱ少女が雨切へと顔を向けた。
雨切がどういう意図でその言葉を言ったのかは知らないが、莉緒たちの言葉以上に雨切の言葉はおかっぱ少女を傷つけたらしい。
目に涙を溜めながら、震える声でおかっぱ少女は雨切に訴える。
「お、お前もアタシをビッチだと思ってたのか? 今まで……アタシのことを、そういう眼で見ながら……一緒に行動してたのか……?」
良心が痛まないと言えば嘘にはなるが、風向きが良くなっている今を逃がす理由はない。
おかっぱ少女の反応を見て、自分達が直接何かを言うよりも、雨切に失言させたほうが効果が高そうだと判断した下衆野郎二人は、失言を引き出すためにあえて雨切を煽る。
「ビッチと思ってる女の子と一緒に行動ぉ~? おやおや、雨切さんもしかしてパパだったりしちゃいますかぁ~?」
「本当にあなた方はすらすらと下品な単語が出てきますね……」
「別にパパは下品な言葉じゃあっりませ~ん‼」
「先生~さらに言えば僕はまだ何も言ってないです!」
「日頃の行い、もとい先ほどの行いからの評価ですよ生徒君」
「ひどいや! そうやって先生は過去の過ちでしか僕を評価しないんだ! 僕たちが腰に巻いてたタオルをさっきまで顔に巻きつけてた変態教師のくせに!」
「後で生活指導室に来なさい」
「いやんエッチ! そこで一体私に何をするつもりよぉ⁉」
「え……? さっきアタシが外したタオル……え?」
思った以上に雨切がノってきたときはどうしたものかと考えたが、結果的に見れば、目論見通りに事は運んだ。
頭に巻き付けていた腰のタオルという真の言葉に嫌な心当たりがあったのだろう。
涙目だったおかっぱ少女は、今度は自分の手を見ながら絶望した顔をする。
少女の足元には、さっき莉緒たちが巻き付けたタオルが落ちていた。
それはきっと、雨切を助けるためにおかっぱ少女が自らの手でほどいたもの。
ダメ元で始めた精神攻撃は想像以上の効果を発揮することになった。
少女がふらふらとシャワーのほうへ向かい、自分の身体が濡れることも厭わずに勢いよく出した温水で先ほど衝撃のカミングアウトがされたタオルを触ったのだろう両手を洗い始める。
ごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごし……と。
見えない何かをこそぎ落とすように無言で何度も何度も手をすり合わせ、
「……ひっく、こんなの、ひどい……ひどいよぉぉぉぉ…………‼」
「「「……………………………………………………………………」」」
嗚咽を上げながら、おかっぱ少女は本気で泣き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます