第二十話 ~異形のもの~


「手間をかけさせてくれる」



 苛立つでもなく憂いを抱くでもなく、ただその現実を見て、その男はつぶやいた。


 適当に撫でつけたような雑なオールバック、赤黒く染まった衣服。

 それだけでも異様な威圧感を感じるだろうが、男を異質なものに押し上げている要因は更にもう一つ。男の右腕は肘から先が剣の形へと変わっていた。

 異形。

 そんな言葉が当てはまる風体をしていた。


 だが、そんな異形の男が霞むほど、その場所は日常から隔絶されていた。

 人気の全くない街の細道に広がるのは、圧倒的な異常。

 見開かれた眼、形を崩した肉体。むせ返るような異臭。

 その場を染めるは一面の赤。

 見たものの心をあっさり蝕むだろう異常の中に男はいた。


 だが、その異常を作り上げた張本人でありながら、異形の男は少しも狂うことなく正常で居続けている。

 まるで転がる肉塊は同じ生き物ではないと切り捨てているように。



「……ど……る」



 すでに人とは呼べなくなりつつある肉塊の一つが動いた。

 痛みを感じるだとかそういう次元はとうに過ぎているはずだが、何かをブツブツと呟きながら、静かな狂気を携えた肉塊は血に濡れた手で異形の男に襲い掛かっていく。

 肉塊を一瞥だけし、剣と成り変わっている腕の一振りでそれを斬り捨てた。



「人形風情が……」



 地面に転がる肉を踏みつける男の瞳には、さきほどまではなかった憎悪にも近い激情が浮かび上がっていた。

 


「なん、だこれは……」



 異常の中にいきなり正常者の声が混じる。

 見れば、公園で莉緒と交戦したリターナーの男が顔の焦げた仲間を支えながら呆然と立っていた。



「お前がやったのか……」

「そうだと言ったら?」

「ふざけるな!」



 同僚を地面に寝かせ、リミッターを外す。

 やはり雷撃の徒手タケミカヅチが仕込まれているらしく、右手からバチバチと雷電を走らせながら、男は仲間を葬った異形の男へと雷撃の徒手を突き出し──。



「死に急がなければ、助かったのに」



 理解が出来なかった。

 痛みを感じた時には突き出した腕は真っ二つに裂けていた。

 逃げなければ……。

 それが男の最後の思考だった。


 ごとりと男の頭が体から落ちる。

 少しばかり同情するような目でたった今斬り伏せた男を見下ろし、異形の男は地面に寝かされたもう一人へと向かっていく。


 ザクッ……。

 火傷で爛れた顔に剣が突き立てられた。

 この二人も他の肉塊のように切り刻まれる──かと思われたが異形の男の瞳がゆっくりと赤みを失っていく。



「ひとまずこんなところか」



 ルービックキューブを組み立てるように剣がガチャガチャと変形を始め、数秒後には剣だった腕はただの人間の腕へと組み変わった。

 べったりと赤く染まったマントを脱ぎ棄て、それを小さく畳むと無造作に投げ捨てられていた鞄へと適当に放り込む。



「さ、行きますか」



 仕事の仮面を一時的に取り払い、その男は何食わぬ顔でその場を後にする。

 まるで抜け道を使って近道をしただけ。それくらい当たり前のように細道から出てきた男は軽く伸びをした。



 異形は平凡へと成り替わり、異常の中にいた異形な男は日常へと回帰していく。

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