第十九話 ~重なる面影~


「げほっ、ごほっごほっ!」



 思い切り噴水へとダイブした津羽音は水を飲み込んだのか、頭上から降り注ぐ水に目を開けることも出来ないまま、咳き込んでいた。

 ずぶ濡れの腕を引いて、津羽音の体を噴水から引き上げる。



「あっと……ごめんね?」

「けほっ、助けてくれたんだろうけど、もう少し丁寧に助けてほしかったよ」

「まさかこんな吹き飛ぶとは思ってなかったんだって! 火事場の馬鹿力って怖いな~」

「人の神秘ってやつか……こんなところで発揮されたくなかったよ」



 昨日のビルでリターナーかどうかという問いに対して肯定しなかったからだろう。

 津羽音は莉緒がリミッターを外して自分を助けたとは思っていないようだった。

 思ったよりも手を明かすことになってしまったが、ここまでは想定通り。

 追手を退けた以上、長居は無用だ。



「よし、とりあえずさっさとここから離れよう!」

「え、ちょっと!」



 津羽音の手を取ると公園の出口目掛けて莉緒は走り出す。

 状況がわかっていない彼女からしてみれば、何故いきなり戦闘が始まったのかも、何故逃げなければならないのかもわからないだろう。

 しかも、少し気持ちが落ち着いてきて思い返してみれば、今自分の手を引いている男は噴水に突っ込み周りの状況がわからなくなった数分程度で、リミッター解除状態のリターナーを真っ向から無力化したことになる。


 敵とは思いたくない。

 けれど、秘密を暴くと宣言し、リターナーを無力化出来る男。

 戸惑いと恐怖はどうしても津羽音の足を止めようとする。



「待って、お願いだから待ってくれ!」

「待たない」

「なんでだ! キミは一体何をしようと……」

「怪しいだろうし、不安だろうけど信じてくれ」



 津羽音を掴む莉緒の手に思わず力が入る。



「顔も知らない誰かのために、君が死ぬところなんて俺は見たくない!」

「っ!」



 莉緒が何故そんなことを言っているのか津羽音はわからない。

 それでもその言葉には聞き覚えがあった。

 その言葉はかつて津羽音も発したことのある言葉であり──呪いの言葉でもある。


 莉緒が過去の自分と重なったのか、津羽音は手を振り払うことも、足を止めることもなく、莉緒についてきてくれた。 

 走っている間、それ以上の言葉を二人は交わすこともなく、津羽音はずっと俯いていたけれど、それでも彼女は莉緒の手を握り返してくれていた。



「二人共、こっち!」



 だが、公園の出口で手を振っている静希を見た途端、その手はあっさり振りほどかれる。

 もうブンブン手を振り回す勢いで。

 全力で振りほどかれた。

 

 リミッターを解除しているわけでもないだろうに、ぐんぐん莉緒を追い抜いて、静希のところへと津羽音は駆けていく。

 莉緒の心に何とも言えない悲壮感が沸き上がってきたが、先ほどまで繋いでいた手を見ればそこには津羽音の手形がうっすら赤くなって残っていた。



「不器用だよなぁ……」



 それが津羽音のことを言っているのか、はたまた自分のことを言っているのかはわからないが、確実に危機が迫っているというのに莉緒の顔にはどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

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