第十六話 ~どんな時も煩悩は働く~
試生市は五つの区分けで構成されている。
主に学生を中心とした生活居住区が固まる北区と南区。
小、中、高、大と様々な学校が立ち並ぶ西区。
社会人が生活している東区。
管理センターや病院などの生活に関する施設が固まる中央区。
広大な面積を持つ巨大都市である試生市の基本的なアクセスには電車やバスがメインで利用されるわけだが、その広大さ故に電車を一本逃せば、距離次第で目的地への到着時間がけっこう変わってきてしまうことがある。
たとえば、二十分で着くと言った場所に四十分程かかる場合だってある。
まぁ何が言いたいのかと言えば、
「わりっ☆ 遅刻しちった☆」
「もっとちゃんと謝罪しろ‼ 待ち合わせ場所を間違えているのかと、この公園をひたすらぐるぐる歩き回ったボクの怒りが収まるまでな‼‼」
公園中央部分にある大型の噴水。
そこで不安そうに周りをキョロキョロしている津羽音を見つけた時は胸がキュンとしたものだ。
しかしどうやら、息を切らせながら走っていくのもわざとらしいかと思い、あえてへらへらしながら謝ってみたのは逆効果だったらしい。
「不安にさせてごめんよエンジェル。俺が来たからにはもう大丈夫だ!」
「そりゃそうさ! キミが来ないことが不安の原因だったんだからな!」
「これでもすごい急いできたんだ! 信じてくれ!」
「なら、その手に、持った、コンビニの、袋は、なんなん、だよぉ!」
「イダァァァァァァァイ⁉ ちょっと待って、ご褒美かと思ったけどスネばっかりだと痛すぎて喜べないから蹴らないでぇ⁉」
「うるさい! 猛省しろ! こんな時でも煩悩が働くその頭で猛省しろぉぉぉ‼」
顔を真っ赤にし、肩で息をするお怒り少女。
怒った顔も可愛いとか思ったが、そんなことよりも莉緒はとんでもないことに気付いた。
暖かな陽の光が降り注ぐ公園を歩き回っていたのと、今の激しい運動によって津羽音は大量の汗を流していた。加えて彼女の格好は真っ白のワンピースタイプの制服である。
ようするに汗で透ける。
制服の下にうっすらと見える。公園のあちこちに咲いている桜のような……淡いピンク。
…………パシャッ。
「猛省しろって言ったのに何でスマホを取り出して写真を撮ったんだぁぁぁぁぁ‼」
「ハレンチなのよぉ! 今の君がハレンチすぎるのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「もうヤダ帰る!」
「それは困る」
「ひっ! いきなり真顔で肩を掴むな、怖い……」
本気で怯える津羽音に莉緒も少し傷ついたが、そろそろ本題に入らなければ。
興奮して周りが見えていなかったらしい津羽音だったが、ようやく莉緒が一人で来ていることに気が付いたらしい。また周りをきょろきょろと見回し始める。
「それよりキミ一人か? お姉ちゃんや悪友とやらは?」
「津羽音、今君が置かれている状況を俺は知っている。君は理解しているか?」
「ボクの置かれている状況? ……え、キミと二人きりってこと? もしかしてボクはまた貞操の危機なのかい?」
莉緒の言葉を貞操の危機と判断した津羽音は、自分の身体を両腕で抱きしめて、莉緒から距離をとろうとする。
その行動には色々と文句を言いたいところだが、ひとまずそれはぐっと堪えて。
あのビルでの様子を見る限り、津羽音は感情が顔や仕草にすぐに出る。
その津羽音が莉緒の言葉をそういう意味としか受け取らなかったということはだ。
──やっぱり自分が置かれている状況を津羽音は理解していない。
憶測が確信に変わり、莉緒は津羽音の手を掴んだ。
貞操の危機などと言ってはいたが、一応の信頼は得ているらしく、津羽音は手を握られたことに文句は言わず、ただ莉緒の少し強引な行動に戸惑ったような顔をしていた。
「静希も真も色々と準備に追われてるんだ。悪いが場所を移すぞ」
「準備? それに場所を移すってどこに?」
「昨日のビルに向かう。君の隠し事をそこで暴く」
「っ‼」
そう言った瞬間、津羽音は莉緒の手を振り払い、今度は本当に距離をとった。
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