第十五話 ~悪魔の誕生~


「あ、津羽音ちゃん? 良かった、まだ無事だったんだね!」

『お姉ちゃん? 無事とはいったいどういう──』

「くそぉズルいぞ静希! 俺はツバネたんの連絡先知らないってのによぉ!」



 叫び、莉緒が静希の持つスマホを奪い取った。文句ありげに睨みつけてくる静希を片手で制止しながら、鼻息荒いままに電話越しの津羽音に話しかける。



「君を遊びに誘おうとしたら、静希お姉ちゃんが邪魔すんだけど、どう思うツバネたん?」

『……賢明な判断をしてくれて、お姉ちゃんには感謝しかないと答えようじゃないか。あと、ボクのことは呼び捨てにしろと言ったはずだが変態?』

「まぁお堅いことは後にして、本題だ。この後予定があったりはするのかな?」



 少しの沈黙。

 それが自分の置かれた状況を隠すために言い訳を考えている沈黙ではないことを祈る莉緒だったが、聞こえてきた津羽音の声はイタズラっぽい響きが多分に含まれていた。



『……特にはないが、キミと二人きりだというなら急用を用意しなきゃいけなくなるかな』

「なら安心してくれ。君の大好きなお姉ちゃんも一緒だし、いきなりになるが悪友の一人を紹介したいんだ」

『まぁそれなら構わないが。どこに向かえばいいんだい?』

「中央区にある自然公園はわかるか?」

『…………あの何もないやけに広いだけの公園だね』

「そこの噴水前で落ち合おう。今から二十分後くらいでどうだ?」

『ん、大丈夫だ』

「オーケー、んじゃまた後でな」



 通話を終えたスマホを静希へと投げ渡す。

 電話口で悟られないように津羽音に対してはいつもの通りに振る舞った莉緒だったが、借りてたスマホを投げ返す程度には余裕がない状態だった。



──いや、落ち着け。多かれ少なかれ二人を巻き込むんだ。間違っても不適合者として処理されないようにここからの選択を間違うわけにはいかない。



 ものすごく不満そうな顔で静希が睨んできているが、長々と説明していたのでは待ち合わせに遅れてしまう。

 ざっくりとしてようと状況の変化が伝わることを信じて、莉緒はいつものノリで笑顔で親指を立ててみた。



「んじゃ行くか!」

「その前に何かないの? ねぇ何か?」

「痛い痛い痛い⁉ やめろ指はそんなに曲がらなっ! すいませんすいませんすいませんいきなりまじですいませんでしたぁ!」



 へし折られかけていた親指から静希が手を離す。

 文句はありそうだが、さすがにこのタイミングで意味のないことをするはずがないとは思ってくれているらしい。


 つまりは素直に説明フェーズに入っていれば痛い目を見ずに済んだわけだ。

 急がば回れ。先人の言葉は時代が変わろうと通ずるものらしい。



「まったくもう。で、なんでわざわざあんたが落ち合う約束をしたわけ?」

「単純に気付いたタイミングが遅かったから緊急対応で。……多分、津羽音はまだ自分が間引かれるってことを知らされてない」

「え? あんたが知ってるのに?」

「そう。しかも狙われるのは津羽音だけじゃない……というか、まず狙われるのは」



 わざと言葉を区切った。

 これを言えば、話は大きく変わってくる。

 けれど、こうなった以上は話さないというわけにもいかない。


 莉緒が覚悟を決めるためのわずかな時間。

 津羽音を助けると決めた覚悟とはまったく別種の覚悟は、静かに、だが強固に固まった。



「多分、俺だ」



 あまりにあっさり言われた言葉に二人は呆気に取られていた。

 悪ふざけが始まった。なんて可能性すら頭に浮かんでいるのだろう。

 そういう冗談を言う奴ではあるし、死体を前にナンパが出来るくらいには人としての常識も若干欠如している男だ。


 けれど、冗談を言ったならばそこからさらに反応がないとおかしい。

 おどけるでも、更に子芝居を続けるでも、何かふざけているとわかるアクションを起こすはずだ。


だが、莉緒は真っ直ぐに二人のことを見つめていた。



「……なんであんたまで?」



 絞り出された静希の声は震えていた。

 ふざけていないなら、莉緒は何かに気付いたことになる。

 自分が死ぬ。

 それを想定しなくてはいけない何かに。



「津羽音が不適切殺人を理由に間引かれることを知っていて、それが誤認である証明をしようとしている男。それが今の俺だ。俺がいる限り、万が一があるこの件は公表できない。だから、政府は恐ろしく簡単かつ確実な方法でこの問題を確立するつもりなんだ」



 聞いたことのない低い声色だった。

 この問題は確実に解決しなければならない。

 怖いほどのプレッシャーをより強いものにする意味合いが込められているようだった。


 まだ憶測の域は出ない。

 だが、今ある情報で導き出された答えとして、これ以上のものはなかった。不安要素を取り除き、確実に津羽音を間引く方法。

 この街だからこそ大きな問題になることなく、どんな真実も隠蔽できてしまう方法と言えば。



「刑の執行なんてない。政府は俺と津羽音を治安維持活動の名目で先に間引いてから、後付けでこの問題を公表するつもりなんだよ」

「な、に……それ……?」



 不適切殺人を行ったリターナーとその隠匿に手を貸した一般人。

 その二人を治安維持活動で間引きました。

 前例を発表する内容として、インパクトは十分だ。


 絶句する静希に莉緒は何も言わなかった。

 けれど、その目は静かに狂気の色を帯びていく。



「……二人共、悪い」



見たことのない顔で莉緒はポツリと言葉を吐いた。



「もしかしたら……俺は楽園を壊す悪魔になるかもしれない」

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