第十七話 ~彼の秘密~
リミッターこそ解除していないが、津羽音の目が敵意を含んだものへと変わる。
「……笑えないな。ボクの隠し事を暴く? 何のことを言ってるんだい?」
「そうやって距離をとったのが、何を言われているかわかってる証拠じゃないのか?」
「…………」
苦々しげな顔で津羽音は唇を噛む。本当にすぐ顔に出るタイプだ。
万が一、ここで津羽音がリミッターを外して莉緒を間引いてしまえば、それこそ言い逃れのしようがない不適切殺人になってしまう。
それでは本末転倒だ。
莉緒は津羽音を刺激しないようにしながら、それでも確実に彼女の逃げ道を塞いでいく。
「俺は特に何をしたわけでもない。何かを隠すために君が俺をここで間引けば、不適切殺人に該当して君が罰せられることになる。たとえ、何らかの方法で俺を間引く理由が出来たとしても、ここにいない静希や真が俺のやりたいことを引き継ぐ手はずになっている」
「……何が目的なんだい? というか、どこまで知っているのかな?」
自嘲めいた笑いを浮かべながら、津羽音は焦っていた。
絶えず瞳が動いているのは、隙を見て逃走する算段でも立てているのだろう。
ちなみに、ここまで追い込んでおいて何だが、別に莉緒は津羽音が何を背負っているかまではわかっていない。
莉緒がわかっているのは、あの事件に関して、津羽音が隠し事をしているという部分だけだ。
それでもここまで勝手に追い込まれてくれているのは、あの事件の裏にある何かはとても重大なことで、少しほつれを指摘されただけでもまずいことなのだろう。
そして、それが暴かれかけて焦るのは、当然津羽音だけではない。
「……ちっ、やっぱあれだけじゃなかったか」
「何を言って……」
「少し中断だ。お客さんが来ちまったからな」
「お客さん?」
ここで振り向けてしまうのだから、彼女はまだ莉緒を信用したいと思っているのだろう。
そして、幸いと言うべきか、莉緒はこの時嘘を言っていなかった。
莉緒の視線の先、津羽音の背後数十メートル後ろから二人の男が飛び出してきたのを見て、津羽音は莉緒に近づく様に後退る。
「リターナー……?」
飛び出してきた男たちのスピードは常人では考えられないほど速かった。走るというより跳躍していると言ったほうがいいだろうか。前傾姿勢で一歩一歩を強く踏み切って二人に接近してきている。
しかも一度の踏切りでの滞空時間が恐ろしく長い。走り幅跳びのような飛距離で駆け寄ってきていると言えば、その異常性がわかるだろう。
リミッターを外したリターナーであることは明白だった。
数十メートルはあっただろう距離はわずか数歩でほとんど詰められていた。
──二人、か。舐められているのか、腕利きなのか。
莉緒はコンビニの袋からラベルを外した五〇〇ミリの水を取り出す。
そして、それをこちらに向けてとんでもないスピードで突っ込んできている男の一人目掛けて全力で投げつけた。
リミッターを外したリターナーの身体能力は飛躍的に向上する。だが、変わるのはあくまで身体能力だけ、動体視力などはそのままだ。
高速で動けても眼が追い付かないのならば、対処の仕様はいくらでもある。
「うぐっ……!」
高速で流れる景色に透明なペットボトルが混ざったところで気付きようもなく、男が足を踏み切ったところに投げつけたペットボトルが着弾した。
皮肉にも自身が加速をつけたことでペットボトルはまさしく凶器へと姿を変える。男にしてみれば、腹のど真ん中にボディブローが直撃するようなものだ。
──まずは一人。
胃の中のものを吐き出しながら地面に倒れ込んだ男に構うことなく、もう一人の男がいよいよ莉緒と津羽音に手が届くところまで接近していた。
ここまで近づかれてはもう何かを投げることで撃退することは難しい。
しかも相手はリターナー。下手に殴ろうとしてクロスカウンターにでもなれば、生身の莉緒では打たれ負けてしまう。
莉緒と男の目があった。
固く握り込まれた拳は数瞬後には打ち込まれているだろう。
それでもさっきのペットボトルでの迎撃然り、対処方法のシミュレーションはここに来るまでにいくつもしてある。
莉緒は再びコンビニ袋から何かを取り出そうと手を突っ込んでいたが、想定内のピンチは唐突に想定外のピンチへと姿を変えた。
「やめろ‼ 彼が何をしたって言うんだ‼」
両手を広げて、自分と男の間に割り込んだ津羽音を見て、莉緒の血が一気に冷たくなる。
まず狙われるのは莉緒。
津羽音が事情を分かっていない以上、それはきっと間違いない。
邪魔者を排除して、何もわかっていない津羽音を間引くことが一番簡単な手段だからだ。
けれど、今は状況が違う。
莉緒は津羽音に置かれている状況を話そうとしていた。
大なり小なり、津羽音が自分が今正常な立ち位置にいないことを自覚した今ならば、順番はもう関係ない。
殺せるほうから殺してしまえばいい。
「え?」
呆けたような声だった。
それは津羽音の口から漏れ出した声。
首根っこを掴まれたかと思った時には、津羽音の体は宙を舞っていた。
そのまま津羽音の体が噴水の中へと消えていく。
「……どういう、ことだ?」
だが、襲撃者であるリターナーは津羽音のほうを見ていなかった。
彼が見ているのは莉緒。
いや、正確には莉緒の瞳。
「誰にも言うんじゃねぇぞ?」
その左の瞳は鮮血のような赤に染まっていた。
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