二章 目指すべき世界と守りたい者

第十二話 ~つじつま合わせの取り決め~ 


「何もなかったからよかったものの、本当に注意してくださいね。事実今回あなたと一緒にいた風石津羽音のように、不適切殺人を行うリターナーも増えているのです。彼女は間引かれることになりますが、そういう行動をとるリターナーは他にもいるのですから」



 騒動に巻き込まれた翌日、指定された時刻にセンターに行き、ここに呼び出されたという旨を伝えると、莉緒は関係者しか入れないような奥の通路へ案内された。

 通されたのはイスとテーブルしか置かれていないまるで尋問室のような部屋。

 そこで待っていた山橋と名乗るスーツ姿の気弱そうな初老のおっさん職員だった。


 向かい合う形で椅子に座らされ……予想していた通り、リターナーによる治安維持活動に介入したことへの厳重注意を受けることになった。

 口答えしたところで意味がないことはわかり切っていたので、すみませんしか言わない人形となってお説教されること約一時間。そろそろ解放されるかと思った矢先、目の前の職員はいきなりそんなことを口にしたのだ。



「……おい待て、それはどういうことだ?」

「どうと言われましても、言った通りになるのですが……」

「事の発端は男側による性犯罪未遂のはずだろ! それでどうして襲われた側の女の子がそういう処罰を受けることになるんだよ‼」



 不適切殺人。

 リターナーがリミッターを外した状態で行った殺人の正当性が証明できなかった場合の呼称である。この職員は、津羽音が今回それに該当していると言ったのだ。

 確かに本来ならば、あの男の罪は一発で死刑になるようなものではないだろう。


 だがこの街でなら話は変わる。

 精神的であれ肉体的であれ、他者の存在を脅かすものには更生のチャンスを与えることなく間引く。


 それがこの街のルールだ。


 今回の件は津羽音がリターナーだったから被害者が出ていないだけで、少女に暴行しようとした男を間引いたことが間違いとは思えない。

 仮に見逃していれば──いや、本来の償い方である更生という道を選んでいたとしてだ。性癖が絡んでいる以上、別の被害者が出てた可能性は極めて高い。

 理性で抑えきれず、一度でも外れてしまった欲望のタガは二度目はもっと簡単に外れるものだ。

 莉緒の剣幕に押されたのか、職員の男はやけに慌てて言葉を訂正し始める。



「せ、正確には過剰傷害によるための措置のようです。現状、治安維持活動に関する罰則の名称が不適切殺人という呼称しかないためそう呼んでいる状況でして……」

「過剰傷害……」

「現場にいたあなたも見たかと思いますが、殺された男性は全身が血だらけになるほどの怪我を負わされていました」

「自分を襲ってきた犯人だぞ? 感情的になって、何度も攻撃したって不思議じゃないだろ」

「例えそうだとしてもです。復讐のためにリターナーの力を使用したのであれば、それは治安維持活動ではなく私怨の殺人と同じです。公表こそまだしていませんが、初めてこのような判断を下すことで、これが今後のこの街のためになるのは間違いないのです」

「……行動は正しかったが、やりすぎたから間引くと言いたいわけか?」

「そう捉えていただいてもかまいません」



 本音が垣間見えた気がした。

 莉緒が知る限り、リターナーが治安維持活動のために行った殺人で有罪になった事例は一つもない。

 不適切殺人という言葉はあれど、それは言ってしまえば、リターナーも裁くために正当性はちゃんと確認していますよ、と表向きにアピールするための張りぼてのような呼び名だけの罰則だった。


 だが、この職員が言う私情を挟んでいるように見える治安維持活動殺人は今までだってあったはずだ。この職員の言い方はまるで、津羽音を間引き、前例を作ることで、治安維持活動において今まで曖昧だった部分の判断基準の一つを作ろうとしているようにさえ感じる。


 莉緒の中で色々と合点がいった。

 それと同時に、信じようとしていたこの街の秩序の在り方が自分が思っていたよりもだいぶ下回っていることを痛感する。



──これで楽園を名乗るだと? ふざけるのもいい加減にしろよ……!



 もしも本当に津羽音が不適切殺人を犯していたのなら、今回の判断は称賛に値する。重い腰を上げて、問題に向き合うことにしたことを褒め称えてもいいくらいだ。

 だが、莉緒の記憶と職員の言う理由には大きな食い違いがあった。



「津羽音は……殺させない」



 街の管理者であるという理由から下手したてに出ていたが、こうなってしまえば目の前の職員はただの敵だ。

 隠すつもりのない敵意を向けてくる莉緒を見て不審に思ったのか、職員は訝しげに目を細める。



「その反応を見る限りでは、風石津羽音とはあの場に偶然居合わせた関係というより、友人関係だったように見受けられるのですが、虚偽の報告などは行っていませんよね?」

「偶然居合わせてから友人関係になったんだ」

「そうですか……。御友人がこのような形になったことについては私としましても申し訳なく思いますが、くれぐれも余計なことはなさいませんようにお願いします」

「余計なことはしないさ、あんたらがどう受け取るかは知らないけどな」



 不自然な沈黙を挟むと、莉緒の眼を強く見返してきながら職員が椅子から立ち上がった。



「そうですか。では、残された時間はあとわずかとなります。あなたも別れがあるなら早めに済ましておくことをおすすめしますよ」



 安い挑発だったが、職員はそれに乗ってきた。

 もちろん態度には出ていないが、事務的な会話しかなかったさっきとは違い、職員個人の感情が言葉に混ぜ込まれている。

 その言葉が何を意味するのか、この時はまだわかっていなかった。



「そっちこそ、足元掬われたときの言い訳を用意しておくんだな」



 だがこれで、今日が長い一日になることはなんとなくわかった。

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