第十話 ~ヒーローと悪者~
手に持った炭酸飲料の缶のプルタブを引く。
プシュッという音と共に、缶が振られていたのか中身が少し噴き出してきた。
慌ててそれを口で受け止めながら、先ほどとは違うビルのベンチに座る莉緒はさっきまで自分たちがいたビルを窓越しに覗き見る。
騒ぎがあったことが嘘のように、辺りは普段と変わらない静かな夕方の風景が拡がっていた。騒ぎのあったビルの入り口に貼られた進入禁止のテープだけが唯一騒動の名残を残している。
落ちてきた男は静希の通報を受けやってきた政府が回収していった……らしい。
少女の記録データも同時に政府へ提出され、後日その記録データから、その男の死に対して少女の治安維持活動が適切だったかどうかの審査結果が通告される……らしい。
全部その場で政府の人間が説明していったことなのだが、何故か莉緒はそんな曖昧な感じにしか現状を理解していなかった。というのも。
──ひどい目にあった……。
よく見れば莉緒は遠い目をしていた。
制服も体もボロボロで、缶を開けた瞬間にジュースが噴き出したのも無意識に震える体が缶の中身を振ってしまっていたからだ。
そんなボロ雑巾に説明しても意味はないと判断したのか、倒れる莉緒に唯一話しかけてきた政府の人間もさっさと用件だけを伝え、ろくに説明もなく去っていった。
現場に居合わせているのに又聞きレベルの情報しかないのはそんな経緯がある。
行き場のない怒りを飲み下すように莉緒が炭酸飲料を呷る。
炭酸の爽快さによっていくらか気分は晴れるが、彼が納得いっていないのは政府の対応についてだけではない。
視線を窓の外から今いるビルの中へと戻す。
憤慨するボロボロの莉緒を気にする様子もなく、彼の目の前では──
「先ほどは助けていただいてありがとうございました」
「あぁ気にしないで。というかビックリしたよ、リターナーだったんだね」
「お恥ずかしいところを……」
「リミッター外して間引いちゃえばよかったのに」
「流石にそれは……それにボクも消耗していましたので」
「そっか。じゃあ次にこいつが何かしてきたら私を呼んで。絶対に守ってあげるから!」
「はいっ! ありがとうございます!」
莉緒を共通の敵として、被害者とヒーローが打ち解けていた。
「色々待て。俺は完全に悪役なのか?」
「むしろ悪役でないなら何だと言うんだい?」
「お友達だろう?」
「大きいお友達か。ボクにその肩書で接するというのなら、それ相応の覚悟が必要だと思うよ」
「余計な捕捉をつけるなよ⁉」
フンッと鼻を鳴らしながら、少女はそっぽを向いてしまう。
年相応に見える反応は大変結構なのだが、ここまで露骨だとツンデレというよりも反抗期の娘を持つパパ的な気持ちになってきてしまう。
周りには甘えるのに自分には辛辣な娘。けど、ふとしたときに弱いところを見せてくれて、自分はそれを全力で支える。
おや? それはそれでありな気がしてくるぞ?
「……なぁ、一回パパって呼んでくれないか?」
「冗談とかじゃなくて、キミのことが本当に間引かなきゃいけない奴に見えてきたんだがボクはどうしたらいい……?」
流石に欲望が特殊過ぎたのか、はたまた血の繋がりがあるパパじゃなくて、そういうパパ的な意味に捉えられたのか。
少女は心底ドン引いた顔で路上の吐瀉物を見るような目で莉緒を見る。
「いや、だってさ……。君、静希と俺に対して態度がだいぶ違くない? そんな反抗期みたいな態度取られたらパパになるしかないじゃない?」
「その理屈は理解できないし、片や変態、片や貞操の恩人だ。差別化して然るべきだと思わないかい?」
「その恩人は俺を半殺しにしたわけだが、リターナーとしてその辺りはどうお考えで?」
「現行犯なんだし問題ない」
「問題あるわ! もう一回にぎにぎしてやろうか!」
ワキワキと手を動かしてみると、少女は静希の後ろへトコトコ隠れ、少し怯えた声を出す。
「……お姉ちゃんあの人怖い」
「殺すわよ?」
「お前のほうが怖いわ! 一体何がお前をそこまで駆り立ててるんだよ⁉」
蹴りが繰り出された。股間目掛けて。
座っている莉緒に逃げ場などあるはずもなく、為す術もないままに彼の男としての宝が踏みにじられる。
ドサッ……とベンチに倒れ伏し、真っ白になった莉緒を見て、少女が静希の後ろから出てきた。
そして、静希に見えないようにしながら莉緒に向けてチロリと舌を出す。
どうやらこの少女は恐ろしい処世術を身につけているらしい。
そんな小悪魔少女の素顔に気付くことなく、少女の頭を静希が優しく撫でた。
「何だか大変な一日になっちゃったね」
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