第五話 ~見方によってはデート~

 人のいなくなった都市を再開発して造られた試生市には、役目のない本当にただ建っているだけの建物も珍しくはない。

 真も言っていたが、リターナーは自身の年齢を自由に選べるため、必然的に中年よりも若者、それも学生が試生市にいる人口の大多数を占めている。


 人の足りなくなった社会を回す仕組みのほとんどは、機械とそれを管理する国に委ねられていることもあり、社会人という肩書きがなくなったわけではないが、その数は学生と比べれば圧倒的に少ない。


 結果、駅近くのオフィスビルなどは特に再利用されることもなく、内装に少し手を加えた事実上のフリースペースとして開放されており、エレベーターやエスカレーターこそ止められているが、学生たちの放課後のたまり場となっていた。


 そして現在、人がまばらなとあるビルの二階。むき出しになっているコンクリートの壁に囲まれたフロアの端っこに置かれたベンチで、莉緒はクレープ片手に知り合いからカツアゲにあっている真っ最中だった。

 静希は馴れ馴れしく莉緒の肩へと腕を回しながら、わざとらしい上目使いと甘い声で囁いてくる。



「ねぇねぇ一口ちょうだい?」

「おのれ、やはり最初からそれが目的か……‼」

「ほらほら、クラスの女子があ~んを求めてるよ? 男子として、ここは逃すわけにはいかないビッグチャンスなんじゃない?」

「こういう時だけ女子であることを武器として使うんじゃありません!」

「だって、今月ピンチなんだもん。あ、スキあり!」



 食べてみて欲しいクレープがあるからと列に並ばされ、自分は金欠だから気にしなくていいと莉緒だけが購入する羽目になったのだが……見えている地雷だった。

 一瞬の隙をつき、静希は強引に莉緒の持つクレープにかぶりつく。



「齧っちゃったから残りも貰うね」

「横暴が過ぎるだろ……」

「だって、実際嫌じゃない? 回し飲みとかはあんま抵抗ないけど、クリームとかアイスみたいなデロデロしてる系をシェアするのってさ」

「それはやれってフリか? 今俺がするべきはこの齧られた場所をペロペロしながら『静希ちゃんの味がする』ってニチャ~って笑うことだったりする?」

「過去一番ぞわっとしたわ……。はい、没収!」



 キモいことを言ったのはあくまで話に乗っただけなので、莉緒は余計な抵抗なくクレープを手放す。

 別に静希の食べかけに嫌悪感はないが、本人が嫌がっているならばここは素直に引くのがマナーだろう。

 ……いや、強盗に配慮しているのはおかしな話か。


 それでもクレープはすでに静希の手の中だ。

 あれを今から取り返したところで同じやりとりの繰り返しになるのは見えている。

 数百円の勉強代だったと莉緒は諦め、静希はニコニコとクレープを頬張った。

 それからふと思い出したように、頬にクリームを付けた顔で莉緒へと顔を向けた。



「そういえばさ、なんで教室であんな意味わからない話してたの?」

「……その話掘り下げますか?」

「ここに来てすぐならまだしも、今更リターナーがどうって話するなんて珍しいじゃん?」

「最初はそんな話じゃなかったんだよ。真のやつリドールって言葉がどんな差別用語なのか知らなかったらしくてさ」

「なにそれ? あいつ本当にこの街に住んでるの?」

「俺も同じ疑問だが、そこはあいつが伊崎真だからで流すことにした。そんでリドールについて話をしたときに思わず聞いちゃったんだよ、何でエスケープに賛成したのかって」

「…………それであれ?」



 呆れたようにもキモがっているようにも見える曖昧な表情になる静希には心から同調するが、あいにくと莉緒はどちらかと言えば支持者寄りだ。

 ありえないよなぁ! っと笑うことは簡単だったが、電が走ったようなあのときの感覚に嘘はつけない。

 だから、莉緒は否定でも肯定でもない言葉で相槌を打つ。



「すごい発想だろ、エスケープに萌え」

「萌えとかもはや死語でしょ……確かにすごい発想だけど……」



 少しの苦笑と共に頬についたクリームを指で掬い、それを舐めとりながら、静希は目を伏せる。



「そんな楽しいことだけじゃないよね、エスケープって」

「……まぁ、そうだな」

「私はエスケープで作られる社会がこういうのだって知ってたら、多分賛成しなかったと思う」

「楽園なんて大層なものを目指すなら、今までと同じじゃいられない。平和を突き詰めようとした結果がこんな形だったってだけだ」

「けど、リターナーによる管理社会なんてあんまりじゃん!」



 そう、それこそが賛成者も、なんならリターナーとなった人々も知らなかったエスケープ後の社会ルール。

 試生市の運営開始時に唐突に発表され、大きな混乱を生んだ最大の原因。


 そして、人為的輪廻転生計画が非人道的人類救済計画と言われた所以だ。

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