第四話 ~理想と現実、未来と今~


 思わずズッコケそうになりながら、莉緒は真の顔を窺い見る。

 真の表情は真剣そのものでツッコミを待っている様子もない。それどころか、良いことを言ってるつもりなのか、莉緒に向けて儚げに微笑んでいる始末だ。



「単純な理由だろ?」

「……どこがだ?」

「何でわからないんだよ!」

「わかるわけがないだろ!」



 ならばと、真が勢い良く両手で机を叩き立ち上がる。



「エスケープ後の肉体の年齢は本人が自由に選べる! しかも人工だから見た目も整っている‼ 今まで大人だった女性が少女になることで、例えば人妻のような色気を醸し出す美少女がたくさん生まれる可能性があるわけだ! 更に言えば、元々大人だった女性の見た目が幼くなってるだけなのだから、エスケープした美少女は合法ロリと言っても過言ではない!」

「……続けろ」

「ぶりっ子でフリフリの痛々しい格好が好きなままババアと化した妖怪も大変身! あざといゴスロリ美少女に生まれ変わる! 口うるさいお局と化していたババアも学生になれば世話焼き委員長キャラに見えてくる! 創作にしか存在しないやたらお姉さん風を吹かす幼女まで現れる‼ 夢にまで見た世界がそこにはあるんだぞ‼」

「何だこの謎の説得力……! それ広めれば賛成派が増えそうな勢いすら感じる!」



 くだらない。実にくだらないのに、莉緒はあまりにも斬新な真の考え方と着眼点の支持者になりそうな自分がいた。

 変に揺らいだ心を抑えるためにも、莉緒は真の考えに異を唱えてみる。



「だが待て! それつまり男側もイケメンが増えることになるぞ! そんな美少女で溢れてもイケメンと美少年が全部持っていっちまうだろ! 結局モブはモブのままじゃないか!」

「中身は経験豊富な年長者様だぞ? 紛い物ではなくリアルな年下男子に母性本能くすぐられたり、芋クサい奴をちょっとつまみ食いくらいの感覚で距離を詰めてくる人もいるに決まってる! そしてだ、たとえ今は全然モテなかったとしても、いずれはエスケープによって、そのイケメンやら美少年側に自分も行くわけだ! どう転んでも楽しい未来が待っている‼」

「想像以上にお前の理論に死角がない⁉」

「ウェルカム、エスケープ! スカート捲りが許される日々よぉ!」

「いや、モテようがそれは許されないだろ」

「なに気持ち悪いこと言ってるわけ?」



 男子高校生のピンク一色な妄想話は突如として割り込んだガールズボイスによって一気に凍りつく。

 ドズンッと教科書が詰め込まれた鞄を叩きつけるように机へと置きながら、静希が汚物を見るような目で莉緒たちを一瞥した。

 朝を思い出したのだろう。ついさっきまでの騒がしさが嘘のように、真は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまっている。

 かくいう莉緒も動揺は隠せない。


 気の置けない関係とは言え、女子は女子。思春期男子の変なテンションの中に本物の女の子を混ぜてはいけないのだ。

 それにもしもガチで引かれていた場合、静希との関係がここで終わる可能性すらある。

 精一杯の平静を装い、莉緒は慎重に話の舵を切ることにした。



「けど、女子的にもイケメンが増えるのは良いことだと思わないか?」

「良いことかもしれないけど、それはそれで息苦しいって。美男美女に囲まれるフツメンとか想像したらツラいでしょ?」

「それはツライ。けど、静希はそこそこ可愛いんだし、別に変な劣等感抱く必要はないだろ?」

「ふえ?」



 あ、こいつ地雷踏んだ。

 目を丸くしながら静希の顔が赤くなっていく。

 普段がサバサバしているため、どちらかといえばかっこいいと見られがちな静希は可愛いと言われたら、その反動からめちゃめちゃ照れてしまう。

 真の言う創作にしか存在しない女子の一種な気もするが、実際いるのだから仕方ない。そんなあざとさ含めて可愛いやつだと莉緒は思うわけだが、いかんせん彼女は照れ隠しの方法がよろしくなかった。


 ほら、拳が握られたぞ♪



「照れるだろバカァ!」

「真バリアァァァァァァァァァ‼」

「おぶっふぁ⁉」



 とっさに真の頭を掴み、莉緒は何の躊躇いもなくそれを盾にする。



「いきなり何すんだ静希!」

「お前もだよお前も‼ 何当たり前のように僕を盾にしてんだよ⁉」

「頑丈なのはお前の数少ない長所だ!」

「朝を思い出せ⁉ あいつは僕に特攻持ちなんだよ‼」

「うわ何か汗みたいのついた! ばっちぃ……手洗ってこよ」



 汚物を振り払うように、真を殴った手をパタパタと振りながら、静希が教室から出ていく。

 思春期女子の言葉は悪気なく男子を傷付ける。

 鋭利な言葉のナイフはいともたやすくハートを切り裂いていた。



「……なるほどな。たしかに特攻持ちだ」



 ばっちぃ扱いされ、白くなってる真から反応はない。

 時計を見れば、莉緒としてもそろそろいい時間になっていた。

 この様子ならば、真が付いてくることもないだろう。



「さて、行くか」



 自分と静希の鞄を掴んで席を立つ。

 手を洗い戻ってきた静希に鞄を渡しながら、真を残して、莉緒達は教室を後にした。

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