一章 それは日常 しかし、見ようによっては異常

第一話 ~思惑の始まり~


「この世界はとてつもなく理不尽だと思う!」



 袖を通さず肩に羽織った学ランと顔半分を隠すように伸ばされた長髪が特徴的な男子生徒は勢いよく机を叩きながら、そんなことを喚きはじめた。

 彼の名は伊崎真いざきまこと

 街に来た時点で編入試験を受け、大半が寮生活で暮らしている試生市の高校生としては極めて珍しい転入という形でこのクラスの一員となった彼はほんの数日で馬鹿という称号を確固たるものにした残念な男だ。


 そんな残念な男の前には男子生徒がもう一人。

 優等生という風でもないが、洒落っ気のない身なりをしている彼は朝倉莉緒あさくらりお

 どうせくだらない話が展開されることをわかっているのだろう。教室に飛び込んでくるなり始まった真の行動を莉緒は完全に無視していた。

 とはいえ絶え間ない机の連打にしびれを切らしたのか、少し険しい目で見ている旧型の携帯端末から目を離すことはなく、莉緒は口だけ真に反応を返す。



「ほう?」

「例えば女子の痴漢問題! スカート捲りをしたらこっちが悪いのはわかるよ? けど、偶然捲れたスカートの中身を目撃した時に、キャーエッチって言って悪者にしてくるのはどうかと思うわけですよ!」

「登校中のお前に何があったのか知らないが、どうしようもないだろうな。運がなかったって諦めろ」

「膝上スカートなんて防御力低い装備を自主的にしてるんだよ⁉ 見ちゃった相手をからかうならいざ知らず、変態呼ばわりをするなら膝下くらいにまで防御力の底上げをするべきだと僕は思う‼」

「可愛い姿を見せたい相手はいるけど、その枠にお前は入らなかったって話だろ。諦めて即座に目を逸らす訓練でもするんだな」

「ぐっ……生きにくい世の中になったもんだよ!」



 ドサッと真の体が机の下に消えたので、莉緒は少し億劫そうにしながらも、いじっていた携帯端末から目を離す。

 下世話な話をしてきた馬鹿は膝から地面へと崩れ落ちていた。しかも舞台上の役者のように崩れ落ちたまま肩を震わせ泣き真似までしている。

 よほどツライ目に合ったのかもしれないが、莉緒から言わせてもらえば世の中なんて元からそんなものだ。

 真が今までどんな世の中を生きてきたのかは露程の興味もないが、試生市に来たからといって貞操観念までが変わるわけではない。



「考え方を変えてみたらいいんじゃないか? 良いもん見た上に罵倒までしてもらえたって。ビンタでもされてたならご褒美だ。ほら、そう考えればちょっと生きやすくなる気がしないか?」

「女子の一言で冤罪が起こり、間違ってが僕達を間引く可能性だってあるわけなんだよ? 怖すぎるでしょう!」

「そのまだ見ぬ冤罪の前に、堂々と差別用語を口にするお前が間引かれて終わりだっつの……」



 興奮気味に持論を述べていた真の動きがピタリと止まる。

 まるで莉緒のその言葉を待ってましたと言わんばかりの動きの変化だった。

 まだ何か腹に抱えてるものがあるのかと、莉緒は真のことをじぃっと見ていたのだが、顔を上げた真の顔は馬鹿さ加減三割増しほどのキョトンとしたものであった。

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