生まれ変わりのその先へ
日比野 シスイ
プロローグ
「ひぃ……やめてくれ!」
尻餅をついた男は怯えた顔で助けを乞う。
夜の帳も落ちた暗い街。
人の気配が絶えたビルの路地裏で男は半狂乱になりながら、目の前の人物へと必死に頭を下げた。
「お願いだ、殺さないでくれ! リターナーとは思わなかったんだ‼」
「それってさ、逆に言えばリターナーじゃなかったら私になにかしたってことだよね?」
「それは……」
男が口籠る。
男を追い詰めているのは髪飾りをつけた制服姿の小柄な女の子だった。
体格差からして、男が必死に逃げるような相手には決して見えない。
だが、その少女には一般的な少女とは明確に違う箇所があった。
「あなたは罪を犯した。この街にふさわしくない人間は間引かれなきゃ」
闇夜の中でもはっきりとわかる深紅の瞳。
その瞳は少女が人為的に輪廻転生を行った証だった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉ 助けてくれぇぇぇぇぇぇ‼」
情けない悲鳴を上げながら男がその場から逃げていく。
トンッと少女が地面を蹴った。
たった一度のその跳躍で少女の体は地上数メートルの高さまで浮上する。
「バイバ~イ☆」
建物の壁を蹴り、空中の少女が急加速する。
逃げる男の背にあっさりと追い付き、少女は落下の勢いそのままに男の頭を地面へ踏みつけた。
鈍い打撲音と骨が砕ける音。
少女の瞳と同じ赤い血液をぶちまけた男はピクリとも動かない。
その様子をしっかりと目に焼き付けてから、少女はスッと目を閉じた。
「さ♪ 早く帰って配信配信~♪」
次に目を開けた時、少女の目はもう赤くなかった。
たったそれだけでもう少女はただの少女と見分けがつかない。
スキップでもするような軽い足取りで、ただの少女は楽しそうに路地裏を後にする。
これがこの街『
行き過ぎた科学の発展により、人は生きる価値を失った。
正確には人がいなくても良い世界が到来してしまった。
その結果、誰も予想していなかった人口の大減少が発生したのが今から五十年ほど前の話だ。
何もせずとも天寿を全うできるのだから、無気力な人間が増えるのは仕方のないことだったのだろう。
だが、問題だったのは治安の悪化だ。
あまりにも平穏な世界で刺激を求めようとすれば、過激なことが求められた。
人口減少の要因の一つには弱者の淘汰も含まれている。
新しい命がほとんど生まれず、ただただ人が減っていき、荒れた世紀末のような危険な日常がじわりじわりと世界に拡がっていた。
だからこそ、それを打開する術は劇的かつ思い切った手段で取り行われることとなった。
正式名称・人為的輪廻転生計画。
通称・エスケープ。
生身の肉体と遜色のない人工ボディに老いた人間の精神を移し替えることで、人口の減少を止める最終政策。
言ってしまえば、人間のリサイクルだ。
人の禁忌、神の領域を侵す行為だと批判の声が当然上がった。
そこで設立されたのが大規模実験都市──楽園都市試生市である。
エスケープ希望者と賛同者の一部をこの都市で生活させ、未来の姿を疑似的に再現し、それを反対派に見せることで理解を得ようとした。
だが、この街の姿は先述した通りだ。
人をリサイクルをしようとも弱者の淘汰は止まらない。
だからこそ、抑止力を生み出すことはこの計画の最重要項目でもあった。
それこそが『
エスケープによって生まれた新人類。
試生市を浄化する者達である。
「逃げられないのに、悪いことするからいけないんだよ?」
たった今抜けてきた路地裏へと少しだけ顔を向け、少女は空を見上げた。
星が光る夜空。だが、その空を切り取るようにそびえたつのは都市の区画を意味する巨大な壁。
「ここは楽園になるんだから」
そうなることを心から願うように呟くと、少女は今度こそ夜の街に消えていく。
これは本当に救済なのか。
ここは本当に楽園となるのか。
この物語は鳥籠のように四方を壁に囲まれ、外界から完全に隔絶された偽りの楽園の中で生きる少年と少女の物語である。
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