交換日記


 今時交換日記なんてやってる人いるのかな?


 ってか、交換日記ってわかる?

 日記ってさ、宿題でもない限りは自分しか読まないじゃん?

 けど、交換日記は書いた日記を特定の相手と共有するわけよ。


 んで、それを読んで感想を交えながら、自分も日記を書いて渡す。

 ようはまどろっこしいDMって感じ?

 鍵垢の投稿見て、それについてDMで話すみたいな。


 ……うわ、そう思ったら一気にエモさがなくなる。

 交換日記って響きが何かレトロ感じゃなくて、ただの古臭い感じに聞こえてくる⁉

 ダメダメダメ、私の例えが良くなかった!


 えっと、交換日記だけの良さ……交換日記だけの良さ……。

 あ、手書き‼

 味気ない決められたフォントじゃなくて、その人の字から伝わる温かさはやっぱり交換日記ならではじゃない?


 いや、意外に字が汚いなぁとかマイナス面での影響もあるかもだけど……

 けど、マイナス面があるのは投稿だって一緒だもんね!

 趣味がめっちゃ合うって思ってたら、いきなり政治について話し始められたりとか!


 ………………うん、一回交換日記の説明はここまでにしよっか。

 まぁ、とにかくアタシは交換日記をしてるってこと!

 それも好きな相手と!

 ヤバくない⁉


 いや、違うから!

 今時交換日記で距離詰めようとしてるアタシがヤバいとかそういう話じゃないから!

 好きな人とそうやって特別な感じのやりとりが出来てるのがヤバいよねって話!


 色々あるの!

 交換日記って手段に出た理由はちゃんとあるんだってば!


 ※


 まるでSNSにでも乗せたような文章だ。

 僕以外も見ることを前提としている風に読めるから吹き出しちゃったよ。

 こうやってそこそこ長い文章を書くのはやっぱり不慣れなんじゃないかな。

 それこそお互いにアカウントでも作って、長い文章じゃなくて、短い感想に感想を返す風な関係でもよかったように今更ながら思ってしまう。


 けど、不慣れなことをしてでも、僕と繋がりを持ってくれようとしてくれる君に僕は頬が緩んでしまったよ。

 不器用だけど真っ直ぐで、文字からも伝わってくる健気さはとてもくすぐったい。


 そんな君だから、きっと僕に気付いてくれたんだと思う。

 本当なら会うことはなかったはずの僕と君。

 交換日記なんて方法で繋がりを作ってくれたのは、本当に感謝しかない。


 それでも不安になるんだ。

 こんな関係をいつまでも続けていたら、僕はともかく君にとって良くないんじゃないかって。

 泡沫の夢。

 今ならまだ、そんな関係に落ち着けるんじゃないかって。

 忘れてしまえるなら、お互いに忘れてしまったほうが幸せなんじゃないかって、僕は本当にそう思ってるんだ。


 君は怒るだろうけどね。

 でもこれは僕の本心。

 僕の我儘だ。


 たまに怖くなる。

 これ以上を求めてしまう気がする自分のことが。

 これ以上を求めても決して得られない絶望が。

 やがて、僕じゃない誰かに心惹かれて、この日記がピタリと止まってしまうことが。


 ……ごめん。

 どうも最近ネガティブな思考になり気味なんだ。


 怒らないで欲しい。

 でも、怒って返事をくれないで欲しい。


 ※


 なんか病んでる⁉

 とりあえず一つ!

 アタシそんな惚れっぽくないから‼

 返事だってやめないし、忘れたくもない‼


 そりゃ、寂しいなって思うことはあるよ?

 デートしたいなぁとか。手とか触ってみたいなぁとか。それこそ……ね? それ以上だって求めて欲しいし……。


 でも、それが出来ないってわかってて、それでもこうやって繋がりを持っていたいんだよ!

 バカ! バカバカ!


 けど、ズルい……。

 ここでアタシがへそ曲げて日記を書かなくなったら、あなたはそれを寂しそうな顔で喜ぶんだ。

 だから、どんなにへそ曲げてもアタシは日記だけは書く。

 曲がったへそで、いっぱい文句ばっか書いてやる!


 だからさ……ちゃんと返してよね。


 ※


 情けない。

 その一言に尽きると思う。

 愛想を尽かさないでくれる君を僕は尊敬すらしてしまう。


 ごめん。

 自分のことでいっぱいいっぱいで、君のことを考えてなかった。

 歪な繋がり……いや、この言い方も失礼か。

 奇跡の繋がりが切れない限りは僕も君に応えるよ。


 そうだ。お詫びに何か買っ

________________________________________


 ておこう。君の好きなものはあるかな?


 そう書こうとして、僕の手は止まった。

 バカか、僕は。

 そんな甲斐性がないことくらい自分が一番わかっているはずなのに。


 机に置かれた鏡を手に取る。

 もう何度も見慣れた顔。

 男であることを自認しておきながら、鏡に映る顔はどう見ても十代の女の子の顔だった。


 これは性別と肉体が一致していないとかそういう話じゃない。

 ようは僕は彼女の体に混じってしまった別の人格という話なだけ。


 彼女が僕に気付いたきっかけはそれこそ事故だった。


 彼女が眠りについた夜中に数時間だけ、僕は目を覚ます。

 自分でもよくわからない感覚。

 自分が何者なのかとか、そういう疑問すら湧かなかった。

 だから、目が覚めても暗い部屋で何もせず、ぼーっと時間が過ぎるのを待つのが僕の日課となっていた。


 あの日も変わらない。

 僕はいつものように暗い部屋で時間が過ぎるのを待っていた。

 するといつも月明かりすら入らない窓の外がやけに明るくなったんだ。


 その時の僕は知らなかった話だけど、放火魔というのがこの辺りに出没していたらしい。

 運悪く彼女の家もターゲットにされてしまったようだ。


 虚無に近かったというのに、生存本能は残っていたらしく、僕は彼女のご両親を叩き起こしながら、外に逃げた。

 外に逃げて、火が消し止められていくのを眺めながら、僕は眠りについてしまった。


 そんな次の日からだ。

 いきなり見覚えのない日記帳が机に置かれていたのは。

 内容は感謝の言葉が綴られていた。

 僕が早期に火事に気付いたから、壁が燃えた程度で済んだらしい。

 思い出の家がなくならないで良かった。

 ありがとうと。


 正直最初は戸惑った。

 その文章は、僕を一個人として扱っていた。

 しかもそれを机に置いているのだから、通りすがりの誰かが助けてくれたのではなく、助けたというのをわかった上でこうして感謝を言ってくれている。


 その戸惑いは段々と、感謝と感激に変わっていった。

 何者でもなかった僕を、他でもない彼女が一人の人間として扱ってくれた。

 ページをめくって、日記に返事を書くことを僕が微塵もためらわなかったのは言うまでもない。


 それから自分自身との交換日記という不思議な関係は毎日続いた。

 意外な展開になったのは、いつしか彼女が僕に対して好意を寄せ始めてくれたこと。


 文から気持ちが伝わってきたとかそういうんじゃない。

 彼女はあの性格だ。

 いきなり日記に、アタシあなたが好きかも。なんて書かれていた時の僕の動揺はきっと誰にもわからないだろう。


 それから僕も、彼女をもう一人の僕ではなく、一人の女性として意識するようになって今に至るわけだ。


 だからこそ、僕たちは早くこの関係に何かの形でケリをつけるべきだと思っていた。

 結ばれようがないんだ。早々に忘れてしまうほうが幸せだと思うのは少数の意見じゃないと僕は思う。


 それでもこうして彼女は僕との繋がりを断ち切らないことを望んでる。

 終わりの見えない甘い地獄。

 それでも彼女が歩みたいと言ってくれるなら……。


 甲斐性も何もない僕が彼女に返せるものなんて、これくらいしかなかった。

 書きかけていた日記を丁寧に破って、僕は短く言葉を書いて日記を閉じる。

 長々と書くより、きっとスパッと言ってしまったほうが彼女も嬉しいはずだ。


________________________________________


 目が覚めて、アタシは早速日記を開いた。

 病んでるとか言っちゃったし、怒ってるかな……。

 もしもこれで本当に返事が無かったらどうしよう……。

 そんな不安でアタシの心はいっぱいだ。


「ふぇ⁉ ちょっ、え、うそっ⁉」


 そんな気持ちは日記を開いた瞬間に吹き飛んでしまう。

 嘘嘘嘘嘘嘘っ!?

 いつも丁寧に長々と文を書いてくれる彼は今日はすごく短く、というか、たった二言だけの返事を日記に書いてくれていた。


 今まで繋がりがあって嬉しいとか、それ以上を望むとか、それっぽいことは書いてくれても絶対に書いてはくれなかった言葉。

 アタシがずっと欲しかった、彼の本心。

 詳しく話すと変な心配をされることなんて頭からすっぽり抜け落ちて、舞い上がったアタシは日記を手に取って部屋を飛び出した。


「お母さ~ん! 彼氏できたぁぁぁ‼」


 開きっぱなしで手に持った日記には彼の字でこう書かれていた。



 ありがとう。

 君を愛しています。

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咲きかけた花は自ら手折りて 日比野 シスイ @hibino-sisui

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