第22話 閉ざされた道は続いてほしいと願う

「花火の花言葉ってあるんですかね」

「詩人みたい」

「それ、ゼミの友達にも言われました」

「言われてみれば、あるのかな」

「ちなみに朝顔は愛情や絆でしたっけ?」

「調べたの?」

「わざわざ朝顔を選んで買ってくれたんだし、何か意味があるのかなあって」

 夜空に大きな花火が咲いた。遅れて音が到着する。昔は音だけが置いてけぼりを食らうのが面白くて、でもついていけない音に悲しみも感じた。

「あれ、ゲームのキャラクターだよ。知ってる?」

「スマホのGPS機能をつけてモンスターを捕まえるゲームですよね」

「そんなのが出てるのか……若い子のゲームはわからないよ」

「……僕もゼミの子たちと一緒にいると、自分の年齢を感じます。数歳しか違わないのに」

「……今夜は食べよう」

 「飲もう」ではなく「食べよう」。クレープで乾杯をするふりをしてかぶりついた。

「年を取るって昔は嫌だなあって思ってても、いざそれなりの年齢にくると、この年齢でよかったって思えるようになるよ」

「視野が広くなったんですね。僕もそうなりたい」

「あれ、れんれん?」

 横から顔を覗き込んできたのは、同じ講義を受けている佐藤星夜だ。後ろには数人の女性がいて、皆が興味深そうにこちらを見ている。

「佐藤君」

「よっ。祭りに来てたんだ」

「う、うん……」

 クレープがやけに重く感じた。まっすぐに彼の目を見られない。

「お友達?」

 蓮の気持ちを知ってか知らずか、薫は蓮の肩に手を置いた。

「初めまして。蓮がいつもお世話になっております」

 普段は君付けなので、初めての呼ばれ方だ。緊張で臀部から腰にかけて力が入った。

「えーと……お兄さん?」

「……兄じゃない」

 今しかないという覚悟と、隠れた生活をする理由がない意地が膨らんでいく。

「恋人」

 佐藤は固まり、後ろにいる女性たちは口を閉ざした。

 しばらく無言のあと、

「え? あ、そうか……あー、うん」

 佐藤は返事とも言い難い独り言を繰り返した。

 夜空には花火が咲いても、ここだけは時間が止まった。

 何もかも終わるか、道が続いていくのか、蓮にも判らなかった。淡い友情は続いてほしいと願いながらも、相手に委ねてしまったのは残酷だともよぎる。

「あー、じゃあ俺らそろそろ行くから」

 そそくさと足早に佐藤は踵を返した。女性たちはまだ好奇の目を向けてくる。

 彼らが去ると、緊張から放たれたおかげか汗が吹き出た。

「この前、同性愛に対してあまりよく思ってない友人がいるって話しましたよね?」

「もしかして彼?」

「そうです。ついに話しちゃったって感じです。佐藤君の気持ちを変えることはできないし、彼の態度が悪いとも思わない」

「自分の知らない世界はどうしたって怖いからね。でもやっぱりせっかくできた友達だから、俺はせめて大学にいる間は佐藤君と仲良くしてほしいと思ってるよ。……おっと」

 大学生活をより良いものにしてほしいと考えてくれているのが嬉しくて「ありがとう」の五文字に託すのが、もったいなかった。代わりに頭をぐりぐり押しつけ、好きだと何度も伝えた。




 ひぐらしが鳴く季節になっても、残暑はまだまだ続いた。

 氷水で冷やしておいた桃は柔らかくなっていて、ヨーグルトをかけて朝食に出した。ふたりで食べればなお別格だ。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 まだ一年も経っていないが、熟年夫婦のように玄関先でハグをすると、子供のように手を振り合った。今日は薫は仕事が休みなので「いってらっしゃい」は久しぶりである。

 今日はアルバイトの日だ。ドラッグストアで働いていたが残念ながら閉店になってしまい、今は大学の求人ポスターから応募した塾の講師を勤めている。

「宮野せんせー、丸つけて」

「はーい」

 子供にまでれんれんというあだ名をつけられそうになり、蓮は自己紹介のときに「宮野と呼んで下さいね」と念を押した。その結果「宮野先生」が定着したのである。

「すごいね、ほとんど合ってるよ」

「でも八割くらいでしょ?」

「前は半分も合ってなかったよ。佐藤君は算数が苦手だって言ってたけど、随分できるようになったね」

「そう?」

 つれない返事のわりには表情筋が緩んでいる。誰だって褒められたら嬉しい。浮かぶのは祖父母の顔だ。何をやっても褒めてくれる二人は、いつも笑い皺を作っている。

「今日さ、テストで良い点を取ったら兄さんがゲームして遊んでくれるんだ」

「佐藤君ってお兄さんいたの?」

「親戚の兄ちゃん! 夏休みの間は遊んでくれるんだよ。大学も休みらしいし」

「よかったね。勉強教えてもらえるじゃない」

「また勉強。宮野先生ってオタク?」

「どこでそんな言葉覚えたの……」

「今時小学生でも使うって! 勉強オタなんだ」

「言っておくけど、長期の休みで差がつくからね」

 廊下では人影がばらついている。自分の保護者を見つけた子供たちは、次々に教室を後にする。

 最後まで残った佐藤は「兄ちゃん」と元気よく叫び、廊下へ飛び出していった。

「佐藤君、走っちゃ危ないよ」

 蓮は教室の窓から顔を出すと、廊下にいた人物を見て緊張が走った。

「え、れんれん?」

「佐藤君、どうして?」

「甥っ子の迎えだけど」

 佐藤星夜がいた。言われてみれば甥っ子の佐藤とは少しかおが似ている。

 佐藤は気まずそうに、視線が定まっていない。彼と会うのは祭り以来だった。彼自身も後ろにいた女性たちも、やけにそわそしていた様子が浮かぶ。

「あー、れんれんってこの後ヒマ?」

「時間はあるけど……」

「甥っ子送ったら、どこかでお茶でもしねえ?」

「俺も行く!」

 甥っ子の佐藤は元気よく手を上げた。

「だめに決まってんだろ」

「なあなあ、兄ちゃんってなんで宮野先生と知り合い? どんな関係?」

「友達だ。ほら、帰るぞ」


 佐藤星夜の親戚はこの近くらしく、送り届けてから駅前のカフェへ入った。

 でか盛りが有名な店で、千円前後でお腹いっぱい食べられる。ほとんどの席に座る人は、端末を食べ物に向けていた。

「ここってミニサイズあるよね?」

「あるよ。ミニサイズで普通盛りが出てくるけど」

「それにする」

 蓮はミニサイズのフルーツパフェ、佐藤はハムのサンドイッチを注文した。

「よく来るの?」

「二回目くらいかな。前はドリア食べた。つーか、あそこでバイトしてんの?」

「うん。子供可愛いし。甥っ子の佐藤君は優秀だよ」

「いっつも褒めてくれる先生がいるって言ってたけど、多分お前のことだな」

「他の先生はあんまり褒めないし、多分そうかもしれない」

 ミニサイズのパフェがテーブルに置かれるが、どう見てもミニではなかった。ショーウィンドウにある見本品よりもさらに大きい。フルーツが大量に盛られていて、バニラアイスが見えなくなっていた。

 この店の作法とばかりに蓮も写真を撮った。

 夢中で食べ進めているが、佐藤の手が進んでいない。誘われてきたものの、本来の目的は食べることではないと思い出した。

「この前の祭りのことなんだけど、」

 蓮は自ら切り出した。

「いろんな考えがあるのは判ってるから」

「ごめん」

 佐藤はサンドイッチに髪の毛がつきそうなほど、頭を下げた。

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