第51話『月曜日』

 寝る前に少しだけ会話したけど、来栖孝美の希望である『両親と一緒に暮らしたい』ということは理解できないまま。

 もっと突っ込んだ話をできる雰囲気じゃなかったし、どう聞き出せばいいのか分からなかったので、モヤモヤしたまま眠りについた。決して問題の先送りではない。



 翌朝。私が目覚めた頃には、既に彼女は布団を畳んで出発の準備を整え、先に朝食を終えていた。

「アイ、早く顔を洗って朝ご飯食べて。お母さんは先に、お父さんと来栖さんを車で送るから、アイが出る時に家の戸締まりをしてね。ご飯食べたら、お皿はちゃんと食器洗浄機に入れておくのよ?ちゃんとやっておいてね?」

 母親は朝からバタバタと忙しそうにしている。いつもとは違う朝の光景。昨日のうちに段取りは説明されているんだけど、少し戸惑ってしまう。まだ少し眠いので、頭が正常に働かないってのもあるし。


 洗面所で顔を洗って髪にブラシをかけ、私一人だけ遅れて朝食。もうみんな、バタバタと家を出ようとしているところ。

 これから本格的に、我が家で来栖孝美の避難生活が始まるのかぁー。一体どうなるのか分からないけど、できることをできる範囲でやるしかない。

 今、私にできること……、何があるだろう?現状、彼女の家庭における問題は、父親同士の話し合いで解決を図っている。それが叶わないのなら公的機関の介入、法的措置に移行するしかない。うん、完全に子供の出る幕じゃない。

 ただ、事態を傍観するだけってのも違うと思う。一人で黙々と食事を摂りながら、脳内シミュレーションを展開する。私の行動で何が変わるのか、何を変えられるのか、未来を変えられるのか熟考を重ねる。

 第一に、彼女を有能な人材として育成したいってのがある。彼女がそれを望むのかは別として、プログラミングの素質と適性は確実にあると思う。

 未来では彼女もウチの高校へ入学してAI研に入っていたけど、私が三年生で部長になった年の一学期、彼女は唐突に職場体験へ行くと言って部活に出なくなった。アマテラスが作った予定表に従ったのだろうと思うけど、彼女にとっては不本意なことだったんじゃないかと思う。そうでなければ、チャットであんな発言はしなかったと思うし。

 あの時、私が彼女の相談に乗ってあげていたら、少しは違う結果になっていたはず。彼女にとって最善の未来が何なのかは分からないけど、私は見て見ぬフリをしていた。他人との関わりは無駄なものだと思ってシャットアウトしていた。

 やり直しとなる今回は、多少お節介になっても構わない。水辺さんみたいにウザ絡みしなければ問題無い……と思う。つーか、そんな真似はできないけど。

 彼女が安心できる生活環境の構築……、高校受験も迫っているし、入学した後も学校の勉強と並行してプログラミング学習に取り組んでもらう。それを実現させる為に、私も積極的に動かなくちゃいけない。指示待ちの無能とは違うんだから、自ら考えて行動する。



 学校。同級生はいつもと全然変わらない。私が個人的に様々なタスクを抱えていても、この人たちには全く関係無いし。見るからに脳天気な人ばかり。

 前回の高校生活とは違って、私も多少は同級生と交流するよう配慮しているから、変人扱いされて距離を取られるような状況にはなっていない。特別仲良くしている人はいないけど、このクラスで異端者にはなっていないと思う。

 同じクラスでプログラミングに興味ある人、実際にやっている人は存在する。情報処理科だし当然だけど、何故かAI研には興味が無いらしい。まぁ、そんなの個人の自由だし、どうでもいいんだけどさ。無駄に部員を増やしても意味が無いし。

 いつも休み時間は下らない雑談ばかりしているし、私と技術的な会話ができる人は同級生にいない。正直言って、レベルが低い。まぁ、私は未来の記憶で社会人経験あるから精神年齢も違うし。

 授業内容についても、私にとっては二度目の高校生活だし、既に学習を終えたものばかりだから退屈極まりない。同じ話を聞かされるのはダルいし、体育以外は100点満点余裕。

 やり直しの高校生活で学業については何も心配していないんだけど、これから先、人間関係がどうなるのか?ただそれだけが気掛かり。

 来年以降入学してくる他の後輩についても考えなくちゃいけないけど、来栖孝美の問題が最優先事項なのは間違い無い。下手したら、彼女がウチの高校に入学できないなんて事態になる可能性もある。

 どうにかして未来を変えなくちゃいけないんだけど、良い変化じゃないと意味が無い。事態を悪化させるような歴史介入は避けるべき。



 放課後。いつも通りにAI研の部室へ。来栖孝美のことがあるし、今日はあまり長居せずに帰宅しなくちゃいけない。

 そう思ったんだけど、水辺さんが無駄にウザ絡みしてくる。

「海江さん、土日は楽しかったね!みんなで食べたお鍋も美味しかったし、来栖さんとも仲良くなれたよね?ね?」

 何でこの人はそう、いつも鼻息荒く無駄に絡んでくるのだろうか。もう慣れてはいるけど、疑問しかない。

「多田さ~ん、昨日海江さんのお家で鍋パーティーやったんですよ~♪土曜日はファミレスとカラオケで女子会やったし~♪多田さんも来られたら良かったのにね~♪」

 御國さんも何故か浮かれているらしい。そんな特別なことはやっていない。ただ一緒に週末を過ごしただけという認識なんだけど。

「ダメよ~、あれは女子会だったんだから♪多田さんはまた、別の機会にね♪」

 伽羅さんもいつも通り。何を考えているのか分からない、含み笑いを浮かべている。

「え、何?週末みんなで集まっていたの?」

 多田さん一人だけ、何の話をしているのか分からずにキョトンとした顔を見せる。まぁ当然のことだけど。

 とりあえず、来栖孝美の個人的な事情は伏せたまま、土曜日に女子会的なことをやっていたと説明。偶然が重なって日曜日は鍋パーティーになってしまったという感じでテキトーに誤魔化す。

「そうだったんだ。何だか楽しそうな集まりだったんだね。それにしても、その来栖さん?今度ウチの高校を受験するの?僕たち三年生とは入れ替わりになっちゃうから、関わる機会が無いのはちょっと残念かな」

 草食系の多田さんらしい発言。さすがに来栖孝美の情報にガッツリ食いついてきたらドン引きするけど。


 無駄話で盛り上がってもしょうがないし、サッサと話を切り上げて帰りたかったんだけど、既に話の流れは制御不能。来年入学する新一年生の入部希望者とか、なんやかんや妄想が入り乱れて話が弾んでいる。この流れ、いつ終わるのよ?

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