第50話『本心』
夜八時過ぎ、ようやく父親が帰宅。帰宅したんだけど……、何故かお酒に酔っている状態。私の父親が酔っ払っているのを見たのはこれが初めて。
何かいかにもお酒に負けた人って感じで、真っ直ぐ立つことすらできず、壁伝いにふらつきながら家に入ってきた。よくこの状態で無事に帰宅できたもんだ。
話によると、来栖孝美の父親と一緒にお酒を呑んだそうで、ますます意味が分からない。何でそんなことをしているのよ?相手は絶対にお酒を呑ませたらダメな人じゃないの?
「彼の本音を聞き出すには、同じ立場で話をするのがベストだと考えたんだよ……」
何かよく分からないことを言っている。大人ってそういうものなの?私は未来で社会人やっていた時も、お酒は全然呑まなかったから分からない。お酒に酔ってる状態で冷静に判断して行動できるのか不安しかないし、飲み会に参加したことだって一度も無い。アルコールが肉体と精神に及ぼす悪影響を考慮すれば、飲酒なんて無駄でしかない。
とりあえず母親がリビングで介抱。かなり酔っ払ってはいるけど、会話は成立する状態で助かった。
今日も来栖家で話し合いをしたけど、あまり進展は無いらしい。ただ、来栖孝美については、しばらく我が家で預かるということで話がついたそう。
明日の朝、早めに彼女の家へ行き、日常生活で必要な物を回収して、そのまま学校へ送る段取りなんだとか。この奇妙な共同生活はしばらく続くみたい。
こうなればいっそのこと、彼女の母親も連れてきたらどうかと思うけど、本人が家に残ることを選んだそう。離婚に備えて早く別居させればいいんだけど、そう簡単にはいかないか。
生活の基盤を整えるには時間と労力が必要だし、もちろんお金もかかる。こればかりは仕方がない。準備ができるまで、ある程度は協力してあげるべきだと思う。
警察や児童相談所といった公的機関に頼るのは、あくまで最後の手段。可能な限り穏便に問題解決させようとしているので、今は私の父親だけが頼り……なんだけど……、まさか一緒にお酒呑んできたなんてねぇ……。本当に頼りにして大丈夫なのかなぁ……?
夜、就寝前。結局、来栖孝美には引き続き私の部屋で寝起きしてもらうことに。昨夜と同じく私のベッドと並んで布団を敷いて寝てもらう。
何だかイレギュラーなことばかり起こって理解が追いつかない。こんな状況、誰が予想できるっていうのよ……。
明日は月曜、また一週間の始まり。来栖孝美にとっては、私の家から学校へ通う新しい生活の始まりとなる。この状況がいつまで続くのかは分からない。早く解決させたいんだけど、私の出る幕は無さそうでもどかしい。
寝る前に、少し彼女と会話する。今後どうなるのか先行き不明だし、少しでも彼女に安心感を得てもらいたい。
「ちょっと父親同士の話し合いは分からないけど、少なくとも今より状況が悪くはならないと思うよ。とりあえず、今日はもう寝ちゃおう。明日は学校もあるし、来栖さん、早く出なくちゃいけないし」
現状、彼女が我が家から通学する為の準備が急務。今は間に合わせの着替えしか無いし、学校の教科書やカバンに、受験に備えて参考書とかもいるだろう。
まだ引っ越しする程の段階には至っていないけど、とりあえずウチで生活するのに不便が無いようしなくちゃいけない。
「そうですね……、教科書もいるし制服や着替えに通学カバン……、あと、私のノートPCも家から持ってきたいです……。あの……、私の両親は、離婚するんでしょうか……?」
そう聞かれたけど、今それ前提で話し合いをしているはず。
「そうした方がいいと思うよ。私が口を出すのは変だけど、もう家族に暴力は振るわないと約束させたとしても、100%信用はできないと思うし。問題解決には、それがベストな選択だと思う」
私の言葉を反芻するように、彼女は沈黙。喜びでも悲しみでもない、戸惑いの表情に見える。問題の当事者である彼女が一番望んでいるであろう、父親と距離を取ること。それがベストな選択だと思うんだけど、彼女の希望は違うらしい。
「私は……、両親に離婚してほしくないです……」
彼女は涙目になって、そうポツリと呟いた。
「え?でも、そうしないと、また暴力を受けるかもしれないんだよ?一緒に家族として、安心して生活できるかどうか分からないし……」
今度は私が戸惑ってしまった。こんなに酷い暴力を受けているのに、彼女は両親の離婚を望んでいない?何故?理由が分からない。
「私もお父さんから暴力を受けるのはツラいです……。でも……、だからといって、両親が離婚するのは嫌……です……。お父さんも、お母さんも、一緒に……家族として暮らしたいから……」
彼女はそう言って、涙をこぼした。何でだろう……?意味が分からない……。
一日も早く、乱暴な父親から離れて暮らすのが一番じゃないの?何故また一緒に生活したいと思えるのか、理解できないんだけど。
私だったら、そんな生活には絶対耐えられない。絶対無理。問題を排除する以外の解決策が見当たらない。
それなのに、彼女の望みは家族で一緒に暮らすこと……。彼女にとっては、それが理想的な形なの……?
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