第48話『訪問者』
とりあえず、ごま豆乳鍋を作る為に必要な材料と道具は揃っている。懸念点は、ネットで見付けたレシピ通りに調理できるかどうかだけ。
私の母親は一々ちゃんとしたレシピに無駄なアレンジを加えるので油断できない。余計なことをやらせない為にも、調理工程には全員参加で臨むのが無難。
「それじゃ、役割分担しようか。食材のカットはお母さんお願い。スープの配合は水辺さんと御國さん、来栖さんはシメに使うパスタを準備してもらって、私は……、えっと……、全体のサポート要員ってことで」
何かこういうことやるのは初めてなので、イマイチ思考がまとまらない。勝手に仕切っているみたいだけど、特に誰からも反対意見は出なくて助かった。
ネット動画で見た調理工程も、それほど難易度は高くない。そもそも、鍋なんて材料入れてグツグツ煮るだけだし、失敗するはずがない。心配しすぎかもしれない。
そう思ったんだけど、変な意味で私の母親は期待を裏切らない人だ。鍋を作ると言っているのに、何故か野菜をみじん切りにしている。
「イヤ、ちょっとお母さん、何でそんなに細かく切っているのよ?鍋だよ?」
そう聞いてみたんだけど、母親は何もおかしなことはやってないって風に返事をする。
「だって、細かく切った方が早く火が通るじゃない。それに、小さい方が食べやすいでしょう?」
言ってることは正しくもあるけど、そうじゃない、違う。私が知っている鍋はみじん切り野菜なんか使わない。雑炊を作るんじゃないんだから、そんなに細かく切らなくていい。
「海江さ~ん、ネットのレシピは四人分になってるけど~、五人分だから全部多めに作れば大丈夫だよね~?」
今度は御國さんがマヌケなことを言う。全部多めなんて大雑把なことしないで、キチンと計算してスープを配合してもらいたい。
「ちゃんと計算して計量して下さい。四人分のレシピを1.25倍にするだけですよ」
このぐらいは言われなくても分かっていてもらいたかった。まぁ、このメンバーで料理するなんて初めてのことだから、あまり過剰な期待はできないんだけどさ。
来栖孝美は黙々とパスタの準備を進めている。右手があまり自由に動かせないみたいだけど、案外要領良く作業している。たぶん自分の家でも、母親の手伝いとかやっているんだろう。
やっぱり私は、工程管理に向いているらしい。全体を俯瞰して見ていると、色々と気付くことがある。
私の母親はとにかく何か、自分の手を加えないと気が済まないらしい。そのまま手を加えないで構わない物にまで、一々何か無駄な手間をかけようとする。頼むから余計なことはしないでもらいたい。
水辺さんと御國さんは過剰に盛りたがる。スープの配合をするにしてもレシピ以上に材料を使おうとするし、余計な調味料を足そうとする。何でもかんでも増やせばいいって訳じゃない。
来栖孝美だけ、頼まれたことをキッチリこなしている。過不足無く、忠実に。パスタの茹で加減もバッチリだった。ウチの台所で分からないことは真っ先に質問されたし、こういう人となら安心して一緒に仕事ができる。
私も未来の記憶で会社員経験あるから分かるけど、勝手に自分の判断で行動されるとメンドクサイことになる。分からないことがあったら質問する、良いアイディアがあれば提案して相談する、そういう当たり前のことができる人となら、ちゃんと仕事が成立していた。
現時点での来栖孝美には積極性が足りないんだけど、まぁ状況的に仕方が無いと思う。今彼女が抱えている問題を解消させたら、もっと良い感じになるんじゃないかなぁ?と。人材として育成する価値は充分ある。
水辺さんと御國さんも前回に比べたら大分マシになってはいるけど、まだまだ欠点を克服するまではいっていない。今後の努力次第かなぁー。
伽羅さんも一緒にいてくれたら……、心強い味方になるんだけど、あの人は今後どうするつもりなのかなぁ……?留学ではなく国内の大学を選んでくれたけど、懐柔はできていない。そう簡単に懐柔できる相手だとは思えないけど。
そんな感じに思考を巡らせていたら、突然玄関チャイムが鳴った。何だろう?母親に聞いても、今日は来客の予定なんて無いそうだ。
とりあえず手が空いている私が対応。玄関モニターを確認したら、まさかの人物が来ていてビックリした。
「突然お昼時にお邪魔してごめんなさいね♪ちょっと近くに用事があったから、せっかくだし寄らせてもらおうかなってね♪ハイ、これ良かったら食後のデザートにどうぞ♪」
どういう訳だか、突然の来客は伽羅さんだった。何でこのタイミングで私の家に来たんだろう?近くに用事が~って、ありふれた理由だけど。差し出された箱を開くと、ケーキが六人分入っていた。
あれ?何で六人分?ちょうどこの場にいる人数ピッタリじゃないの。そもそも、何で私の家を知っているのよ!?やり直しの高校生活では、家に招いたことなんて一度も無いし。どこかで何か、個人情報に繋がる会話とかしていたっけ……?部室で雑談していた時……かなぁ……?覚えていない……。
他のみんなは、母親も含めて何の疑問も無く伽羅さんを受け入れている。何だろう……?何か凄い違和感。前から不思議で異質な人だとは思っていたけど、何か私の理解を超越したものがある……。
結局、伽羅さんも交えて六人で鍋を囲んだ。今更レシピ厳守なんて言ってられないから、多少アバウトな増量になっちゃったけど。デザートにケーキを提供してもらったし、このタイミングで食事に誘わない訳にはいかない。
普段、私の母親が作るテキトー料理に比べたら大分良い。結構美味しい。他のみんなも、味には満足しているみたい。水辺さんも御國さんも、ご機嫌なようで良かった。
来栖孝美が一緒にいることについて伽羅さんからツッコミ入るかもと思ったけど、特に変な詮索はされず、みんなと和やかに鍋をつついている。何かホッとした。
「ごま豆乳鍋って美味しいね!みんなで一緒に食べると更に美味しく感じるよ!ホラホラ、来栖さんも遠慮しないでたくさん食べて!」
水辺さんは色んな意味で、少し遠慮をしてもらいたい。来栖孝美も戸惑いながら食べているように見えるし。無駄に賑やかな昼食だ。
それにしても……、まさかこんな日曜日になるなんてねぇ……。私の家では普段、休日だからといっても特に大したイベントは無い。たまに家族で食事に出たり買い物したり、その程度。私は友達を家に招かないし、それは両親も同じ。自宅でこんなに賑やかな食事をするのは初めてのことだ。
これも無限に広がる可能性の一つってことかなぁー。人の行動がほんの少し変わるだけで、その後に続く未来の可能性も分岐する。ルートが変われば必然的に違う結果を招くから、未来予測も補正しなくちゃいけない。
既に現状は、私が持つ未来の記憶から乖離している。良い結果、良い未来に繋がるかどうかはまだ分からない。喫緊の問題として、来栖家の家庭内暴力を止めさせることができればいいんだけど……。まだ私の父親は話し合いの最中なのかなぁ……?途中経過ぐらいは知らせてもらいたいんだけどねぇ……。
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