第46話『感情』
当然のことながら、私の母親も慌てているし、来栖孝美も動揺して言葉を失っているいる。私としても、最悪の展開を覚悟した。
「大したことはないよ。彼も今日は、たまたま機嫌が悪かったみたいでね。明日また行って、話をしてくるよ」
父親はそう軽く言うけど、大したことない訳がない。明らかに酷く暴力を受けている。自分の父親がこんな姿になって帰ってきたことにショック。
そりゃまぁ、相手が相手だし事情もあるから、こうなることも十分想定内だけど、なるべくそうはならないことを祈っていた。
母親は警察に通報することを勧めたけど、父親はそれをアッサリ拒否。あくまで軽く揉めただけ、ただそれだけのことだから、大げさに騒がなくていいと言っている。
一体これからどうなるのか……?本当に、話し合いだけで問題解決に至ることができるのか?どういう話し合いをしてきたのか教えてくれないし、全然分からないから何とも言えない。
「あの……、すみません……。ウチのお父さんが、ご迷惑をおかけしまして……、本当にすみません……」
来栖孝美が、申し訳なさそうにそう言って俯く。今まで家族の中だけで暴力被害があったのが、他人に向けられたんだから当然。
「イヤ、君が謝らなくてもいいんだよ。とりあえず、今夜うちに泊まっていくことについては許可をもらえたから。今日はゆっくり休んでいって」
何か、私の父親が菩薩みたいな顔をしている。もしくはガンジーみたいな?まぁ、ケンカなんかとは無縁の人種だと思うけどさ。
それにしても……、本当に話し合いだけで問題解決できるのか……?疑問しかない……。
今日初めて対処を始めたのだから、そんな急に事態が好転する訳無いんだけど、本当に解決の糸口を掴めるのか……?
不安なんだけど、私にはどうすることもできない。父親の仕事に関する話、そして他人の家庭の話をするのに、私が出しゃばって口を挟んでもしょうがないし。
解決しなきゃいけない問題があるのに、自分ではどうすることもできないもどかしさ。それでも私にとっては、来栖孝美との関係性を深める上で避けられないこと。後戻りはできない。
夜、私の部屋に予備の布団を用意して、来栖孝美と並んで寝る。私のベッドからは段差があるから、寝ちゃえば視界に入らないけど、自分の部屋に他人が泊まるという違和感。
「それじゃ、電気消すよ?大丈夫?」
私がそう聞くと、彼女は大丈夫だと返答。無駄に夜更かししてもしょうがないし、サッサと寝るしかない。
水辺さんや御國さんなら夜通しおしゃべりしようなんて言うんだろうけど、私はそんなことできない。何を話せばいいのか分からないし。
目まぐるしく変化する状況について、情報を整理したいってのもある。眠りにつく直前までが、考え事をするのに最適な時間。
電気を消して真っ暗な部屋。エアコンとPCが出す雑音と二人分の呼吸音。基本的にPCは二十四時間電源入れっぱなし。私が眠っている間にもダイアナはWeb上の情報収集と分析を続けているし、安定稼働の為にエアコンで室内温度は一定に保っている。
情報は多ければ多いほど良いって訳じゃないけど、足りないよりは良い。無駄なノイズはスルーすればいいだけ。重要なのは、情報の取捨選択ができるかどうか。その辺、ダイアナの判断は信頼できる。
「あの……、海江さん、もう寝ましたか……?」
不意に、来栖孝美が話しかけてきた。まだ意識はハッキリしているので即答。
「まだ起きてるよ」
わずかな時間沈黙したけど、彼女は控え目に、小声で話をする。
「あの……、今日は本当にすみません……。色々お世話になってしまって……。それなのに……、ウチのお父さん、今度は海江さんのお父さんに暴力を振るったみたいで……」
うん、まぁ、申し訳無い気持ちになるのは理解できる。だからといって、彼女が謝罪する必要は無い。
「気にしなくていいよ。来栖さんのせいじゃないんだから。あくまで来栖さんのお父さんがやったことだし。ウチのお父さんも全然怒ってないし、全然来栖さんを責めていないんだから」
自分でこんなこと言ってて今更気が付いたけど、過去に私の父親が怒った顔を見たことが一度も無い。説教されたことならある。説教するにしても、ちゃんと論理立てて会話してくれるから、私も反抗する気にはならなかった。
たぶん、仕事柄コーチングスキルが高いんだと思う。ちゃんとしたロジックがあるってゆーか。学校の先生に向いている人材なのかもしれない。
「でも……、私の家庭のことで、海江さんの家の人まで巻き込んでしまって……。本当に……すみません……」
暗がりの中、彼女の声が少し震えていた。泣いているのかもしれない。このシチュエーションで、彼女をどう慰めるべきなのか?ダイアナに相談する訳にもいかないし、困惑してしまう。
私は未来の記憶を持ったまま高校生からやり直しになってしまい、他人とのコミュニケーションについても再考せざるを得ない状況になった。既に社会人まで経験した記憶があるんだけど、こんなレアケースに遭遇するのはイレギュラー過ぎる。
ベストな解は分からないけど、マストとしては、彼女が安心して生活できる環境を構築するべき。問題の原因を排除して、本来あるべき環境を再構築する。
それが実現できるのかは分からない。それでも、最善は尽くすべき。私にできるベストな選択は何だろう……?父親に頼る以外にできることは……?そして、マストな選択と行動……。明確な解答を導き出せないまま、夜は更けていく……。
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