第41話『先輩』

 文化祭の余韻も消え失せ、学校は日常に戻った。ただ、私のタスクは増えてしまい、どう処理するべきかで悩んでいる。

 今AI研にいる部員とは仲良くできていると思う。問題なのは来年以降に入部してくる後輩について。特に来栖孝美との関わりをどうするか、早く考えなくちゃいけない。

 ただ何もせず待っていたって、何も事態が進展しないのは分かり切ったこと。こちらから何らかのアクションを取らないと、仲良くなれないのは明白。でも、何が最適なのかが分からない。

 水辺さんたちAI研の先輩については、前の高校生活で経験したことを参考に対処法が分かった。

 だけど、来栖孝美とはほとんど絡んでいなかったし、必要最小限のコミュニケーションしか取っていなかったから、そもそもどういう人物なのかを把握していない。

 やり直しとなる今回は失敗しないよう、もっと仲良くしなくちゃいけないんだけど、私はパリピ水辺さんじゃないんだから、そんなグイグイ不用意に接近するなんて真似できない。

 それでも……、接近せざるを得ないとは思う。彼女が何かトラブルを抱えていると仮定しても、自分から窮状きゅうじょうを訴えるとは思えない。こちらから距離を縮めていかないと何も始まらない。

 年下の子と仲良くなろうだなんて今まで考えたこと無かったけど、未来を変える為には、これも必要なことだと思う。


 とりあえず、当たり障りの無い話題からコミュニケーション開始。毎日何度も連絡するのは気が引けるから、多少はインターバルを挟む。幸いなことに、彼女はその都度、ちゃんと返信してくれる。

 AIやプログラミングの話、受験勉強の話、そして体調についても話を振る。彼女の言葉を信用するなら、ケガは順調に回復しているみたいだけど、そもそも何が根本的原因なのかをまだ聞き出せていない。

 無駄に時間を浪費する訳にはいかないし、早く疑問を解消したい。だからといって一気に距離を詰めても、信頼関係は築けないと思う。これだから対人コミュニケーションはメンドクサイ。



 文化祭で初顔合わせしてから一ヶ月。どうでもいい雑談を繰り返し、時折り来栖孝美のプライベート領域へ迫ろうと試み続けている。

 最初の頃に比べれば多少は仲良くなれたと思うし、個人情報もある程度は引き出せた。それでも、彼女が大ケガをした原因が分からないままでいる。

 私も彼女のことだけに専念できる状況じゃない。高校生活そのものをアップデートしつつ、他にも何かできることを模索しなくちゃいけないんだから。全リソースを彼女にだけ割り当てることはできない。

「ダイアナ、現時点で来栖孝美について分かっていることをまとめて。人物像、家庭環境、推測を含めて構わないから」

 断片的な情報も、寄せ集めれば分析する材料になる。対人関係に疎い私が気付かないことでも、ダイアナは極めて客観的に分析してくれるし、頼りになるサポートAI。

「来栖孝美さんとのやり取りで得た情報から、彼女はあまり社交的ではないと推測されます。アイからの連絡には速やかに応じていますが、彼女からの発信は全体の17%しかありません。プライベート面で彼女は意図的に、家庭環境について隠そうとしているようですね。アイから家庭環境に触れられそうになると話題を変えようとする傾向があります。また、ビデオ通話に応じない点も懸念されます。文化祭で対面して以降、彼女の姿を確認できていません。現状把握できない為、ケガの回復具合も不明です」

 う―――ん……、ダイアナでも私が推測できるレベルの分析しかできないかぁ……。私にとってはできる範囲でやってるつもりだけど、まだ何かが足りていないのかも……。

 メンドクサイけど、直接会って話をした方がいいのかなぁ……?ダイアナの言う通り、今の姿を確認できていないってのも気がかりだし……。

 ううん、メンドクサイとか思っちゃダメだよね。来栖孝美との関係性を深めると決めたんだから。自ら課したタスクはキッチリ消化するべき。ただ、粛々しゅくしゅくと実行あるのみ。



 週末、来栖孝美と会う約束をした。何か口実が無いものかと色々考えたけど、改めてAI研の部員と交流してもらうということにして、他の部員にも協力を要請。私の真の目的は伏せたまま、以前私の歓迎会をやってもらったファミレスへ集合。一応女子会ということにして、多田さんには遠慮してもらった。

「海江さんがこういうお誘いするなんて珍しいね!この後みんなでカラオケ行こう!」

 パリピ水辺さんは妙に張り切っているけど、ここは利用させてもらおう。私には無い勢いを持った人だし、無駄にコミュ力高いし。

「来栖さんって〜、文化祭を見学しに来た人なんだよね〜?まだ中三の〜。来年ウチの学校に入学してくれるのかな〜?何だか楽しみだね〜♪」

 のん気なゆるキャラ御國さんも、結構乗り気みたい。この二人の無駄に高い社交性は利用価値がある。役に立ってくれればいいんだけどさ。


 そして、約束の時間に全員揃った。揃ったんだけど……、その場に現れた来栖孝美は、まだケガも完治しておらず、痛々しい姿のままだった。

 右手のギプスは外されたみたいだけど、文化祭で会った時とは別のケガが増えているじゃないの……。これは明らかに非常事態。

「あの……来栖さん……、大丈夫なの……?文化祭の時から、またケガが増えているんじゃ……?」

 そう聞いてみたものの、彼女は表情も変えず、普通に受け答える。

「大丈夫です……。ちゃんと右手のギプスも取れましたから。見た目は酷いかもしれませんけど、入院するほどのケガじゃありませんので……」

 彼女の姿を見て、大丈夫と思える人なんかいないと思うんだけど……。さすがに水辺さんたちも何かを察しているみたいだし。

「あ……、えっと、来栖さん?本当に大丈夫なの?あ、でも、文化祭の時よりは良くなっている……のかな?え?あれ!?」

 水辺さんですらも、どう対応したらいいのか分からず戸惑っているように見える。やっぱ普通はそうなるよねぇ……。

「来栖さん本人が大丈夫って言っているじゃない。とりあえず、何か注文しましょう。ね?」

 伽羅さんは相変わらず、何を考えているのか分からない。でも、ここは言う通りにしておいた方が無難。焦って質問ばかりしてもしょうがないし、彼女が真実を語るとは思えない。


 先ずは同じテーブルで飲食しながら、他愛ない会話から始めた方が良い……とダイアナにアドバイスされている。他に相談できる相手いないし。

 AI研の先輩たちも、それぞれ頼りにしてはいるけど、私の真の目的はまだ教えられない。この人たちが本当に、心から信頼できる有能な人材となった時、私が経験した『最悪の未来』について話そうかと思っている。

 既に私が持つ未来の記憶から色々と変化しているけど、まだ将来の安全が保証されているわけじゃないし、油断はできない。今できることを、最善となる行動を取らなくちゃ。

 この先何が起こるか予測できないし、対処を模索するにしても無限の可能性を考えなくちゃいけないなんて無謀なこと。

 どう考えても私一人では荷が重過ぎる難題。とにかく負荷分散させられる人材が欲しい。今日ここに集まった人たちが、私の助けになってくれたらいいんだけどねぇ……。

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