第35話『アップデート』
理由は分からない。原理も分からない。でも私は過去に戻った。
長い夢を見ていた?違う。全ては現実。私は確かに、最悪の未来から高校一年生のあの日、両親が事故死するはずだった日へ戻った。
その証拠に、私が両親を引き留めたことで二人とも無事に過ごすことができたし、記憶していたのと同じ場所で、被害者が違うだけの同じ事故が起こったことをニュースで確認。私の記憶は間違いなく未来のもの。
こんな馬鹿馬鹿しいB級SFみたいな話が現実に起こるなんてあり得ないけど、事実は事実。否定する要素が無い。
過去に戻ることができた以上、これから先に起こるであろう最悪の事態を回避しなければいけない。熟考して最適な行動を取る必要がある。
未来で私が失敗した理由を考えた。結論としては、自己過信と慢心。私はプログラミングスキルに自信があるけど、何もかも一人でやるには限界がある。信頼できる有能な協力者の存在が不可欠。必要なのは捨て駒ではなく、戦力となる人材。
政府がアマテラスを本格導入する前に、こちらも対抗できる勢力を整えなければ敗北は目に見えている。限られた時間に、ベストを尽くさなければいけない。
学校の部活動には、迷わずAI研を選択。記憶だけで資料は手元に無いけど、私にとっては二度目のことだから、ソースコードを見れば何をどうすれば良いのか全て分かる。入部テスト期限の一週間を前に、余裕でダイアナを仕上げた。
これからAI研のメンバーにも、プログラミングスキルを可能な限り高めてもらう。私の持つ知識と経験は出し惜しみせず提供。メンドクサいヘルプ対応も、将来的には無駄じゃない。
伽羅さんは別格だからいいとして、他の人それぞれ得意分野は分かっているし、苦手な分野を早く計画的に克服してもらう。少しでも戦力になるのであれば、育成しておいた方が得策。
できれば伽羅さんにはMITへ留学させず、国内に残ってもらいたいんだけど、海外へ行ったとしても色々連携できるのなら良しとする。
可能な限りコミュニケーションを増やし、できるだけ仲良くしておこう。伽羅さんほどのハイスペ人材には、そうそう巡り会えないし。
そして季節は夏。またAI研の夏合宿が開催される。初開催なんだけど私には未来の記憶があるから、これで四回目。
部としてプログラミングの集中学習という名目はあるけど、私としては部員同士の交流も深めておく必要があるので、今回はちゃんと一緒に遊べるように水着も用意した。緑川先生のうっかりミスをカバーする為に、電源タップとかも荷物に詰め込む。ちょっとバッグ重いかも。
「アイ、ちょっといいかな?」
自室で合宿用の荷物を整理していたら、ドアをノックする音と共に父親の声。何だろう?
「部活動の合宿だって?二泊三日で、民宿に泊まる予定だってお母さんから聞いたけど」
私があの日、両親の事故死を防いだ後、多少は家族の会話も増えた。前よりは家族らしさが戻っている。もちろん、未来の記憶については何も話していないけど。
「うん。海の近くにある民宿。初日は海水浴をやって、後はプログラミングの勉強会」
そう答えたら、父親はポケットから財布を取り出し、私に一万円札を差し出した。
「一応、現金も持っておいた方がいいだろう。何かあった時に使いなさい」
あら、思いがけないお小遣いをもらっちゃった。まぁ、現金は持っておいて損は無いし、無駄にはならない。
「うん、ありがとう」
そう言って受け取ったけど、ちょっと気になっていたことを聞いてみる。
「あのさ……、お父さんの仕事って、どんなことをやっているの?ほら……、私も今、部活動でAIを触っているから、ちょっと気になっちゃって……」
父親が勤めているのは、アマテラスの生みの親である独立行政法人AI研究開発機構。もしアマテラスの開発に関わっているとしたら……、それを止めることができるのなら……?未来を変えることができるかもしれない……。
「あぁ、詳しいことは言えないけど、今は大きなプロジェクトに参加していてね。そのうちアイも、実際に色々利用することになるだろう。世の中がとても便利になるプロジェクトだよ」
父親はそれだけ言って、私の部屋から出て行った。
大きなプロジェクトって、行政管理システムのアマテラスって可能性が高い……。仕事の守秘義務があるだろうし、たとえ家族だからといってペラペラしゃべる訳にはいかないとは思うけど……。
両親の事故死を防いだことについては良かったと思う。ただ、私の父親が生存していることで、アマテラスの開発にどう影響するのかは全く予想できない。
開発そのものを止めるなんてのは無理だと思う。私が何をどう説明しても不可能。未来の記憶なんか話しても信じてもらえないだろうし、開発プロジェクトは止められないと思う。
あれ……?確か『アマテラス』というコードネームは、一学期にAI研の部室で雑談しているのを聞いたのが最初だったはず。今のところ、そういう話は聞いていない。
私が前回より積極的に部員と関わるようにしたから、当然部室での会話内容も変化している。量子コンピューターの話も聞いていない。ネットで情報を探しても、まだ日乃丸エレクトロニクスからプレスリリースは出ていない。
もう既に、未来は変わりつつある……?その可能性は否定できないけど、それが良い変化なのかは現時点で判定不可能。不確定要素が多い。
希望的観測なんてするほど私は楽天家じゃない。最良と最悪のどちらも想定して備えるべき。最悪の未来を回避する為に、私にできるベストな選択をしなければいけない。
後悔しない選択……、留置場で聞いた誰かの声を思い出した……。あれは結局、誰だったんだろう……?
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