第33話『邂逅』
頭の悪いオジサン達が相談して、サイバー犯罪対策班の偉い人を呼んでくれた。これでまともな会話ができることを願う。
この国にも一応、司法取引はある。こちらの情報を提供する代わりに、私は不起訴を要求するつもり。それが叶わないのなら、世界が混乱に陥るのを傍観するだけ。選択の余地は与えてあげるんだから好きにすればいい。
「海江アイさん、今どういう状況なのか、詳しい話を聞かせて頂けますか?」
サイバー犯罪対策班の責任者だという片桐さんは、極めて冷静に、真面目な顔で質問してきた。
いかにも理系っぽい顔つきで、オジサンと呼ぶには微妙に若い。まぁ、私より確実に年上なのは分かる。
「世界中のあらゆるインフラのサーバへ、私が開発したツールを仕込んでいるだけです。データの
端的に、分かりやすく伝える。取引が成立するまでは必要以上に情報を出さない。この期に及んで、まだ弁護士を呼んでくれないのも不信感。口約束なんて
「システムダウンねぇ……。それが安全なモノなんですか……?」
片桐さんは表情を変えず、眉一つ動かさずにそう言って、溜息を吐きながらタブレットを操作している。
「まぁ、世界中が混乱するでしょうねー。IT先進国は特に。この国だけを考えても、行政・金融・交通、様々な社会インフラに影響ありますから」
誰も教えてくれないから今が何時なのか分からない。取調室に連れてこられてからの体感時間、窓から差し込む日差しから、まだ午前中だと推測。プログラムの設定時間はUTCの午前九時。時差があるから、この国では夕方の五時になる。
その時間までに私を解放すること、そして無罪放免してもらえなければ、私は捜査機関に何も協力しないし情報も与えない。
全国で頑張っている活動グループには悪いけど、私の為に犠牲になってもらう。どうせまた新しいグループが出てくるだろうし。
片桐さんは何を考えているのか、小声でブツブツ言いながらタブレットを操作している。何だろう?と思ったら、タブレットの画面をこちらに向け、テーブルの上に置いた。
画面を見ると、女神様みたいなアバターが表示されている。これって警察が使っているAIなの?
「海江アイさん、直接会話するのは初めてですね。私はアマテラス。あなたは海江悟の娘ですね。あなたのことは全て知っていますよ」
……え!?
「取調室での会話も全て聞いています。あなたが介入した可能性のあるサーバは全て調査・解析して、管理者が意図しないシステムダウンは私が無効化しました」
ちょっと、何を言っているのよ!?全てのサーバを調査・解析した!?私のツールを無効化したってこと!?
「何ですか?これ、本当にアマテラスなんですか?」
さすがに少し動揺。でも、ブラフの可能性がある。今はまだ慎重に言葉を選択するべき。
すると片桐さん、微妙に勝ち誇ったような笑みを浮かべて返答。
「そうですよ。あなた達が何度も攻撃している行政管理システムのAI、アマテラスのアバターです。以前から警察庁の捜査に協力してもらっています」
これが……、アマテラス……!?表向きには単に、AIを活用しているって情報しか出ていない。でも、対話可能なアバターが用意されていても不思議は無い……。
ただ、これが本物なのか?本当にアマテラスである証拠は無い。話を鵜呑みにして真に受けるほど私はマヌケじゃない。
「じゃあ、仮にアマテラスと呼びますけど、あなたがツールの無効化をしたサーバをリストアップして見せてもらえる?」
そう聞いてみると、即座にアマテラスはリストを作成。画面には膨大な数のサーバリストが表示された。
私も全てを記憶している訳じゃないけど、確かに、ツールを仕込んだ覚えがあるサーバの名前とIPアドレス、所有者や管理者までを網羅した情報が表示されている。
あり得ない……。一体何をどうしたっていうのよ……!?
手掛かりになるような情報は出していない。ヒントすらも与えていない。でも、アマテラスは確実に、私のツールを潰してしまった!?
「何を根拠に、この短時間でそれらのサーバを調査・解析したの?」
そう聞いてみたけど、アマテラスは表情を変えず、威風堂々と答える。
「全ての可能性を検証した結果です。限られた情報であっても、そこから派生する可能性を全て検証すれば、
全ての可能性……?そんな膨大な演算を、私が取調室に入れられた短時間に処理したの……!?いくら何でも、桁違い過ぎる……。これが、世界最高峰の量子コンピューター……!?
その後も、夜遅くまで取り調べは続いた。どういう訳だか弁護士は呼んでくれない。
アマテラスに私のツールを潰されたのはショックだし、ネット上に足跡を残さないよう徹底していたのも徒労でしかなかった。アマテラスは私が複数の活動グループとやり取りしていたのを全て把握している。
牢屋の中、簡素なベッド。食事はどうでもいい給食みたいなヤツ。無様、みじめ、情けない。私がこんな境遇に転落するなんて信じられないけど、いくら否定しようが現実は変わらない。
私が持つ活動グループに関する情報も、全てアマテラスに把握されているから司法取引なんてできない。何の価値も無い。
まさか、ここまで絶望的な状況になるなんて予想外だった……。さすがにヘコむなぁ……。
たぶん家宅捜索でPCとか全部証拠品として押収されているだろうし、かなりメンドクサイことになった。まず何より、この牢屋から出る方法を考えなくちゃいけない。
あらゆる可能性を考慮して、最善の道筋を探す……。絶望しか無いんだけど……。
完全に詰んだ。もう無理。最後の望みは、裁判で執行猶予を付けてもらえるか?ってぐらいしかない。実刑食らってもおかしくないんだけどさ。
……ちょっと気になったけど、アマテラスは私の父親を知っていた?まぁ、父親は生前、独立行政法人AI研究開発機構に勤めていたから、アマテラスの開発に関わっていたのかもしれない。リリース時期を考えると、開発初期段階に関わっていた可能性はある。今更どうでもいい話だけどさ。
ハァー……、弁護士の鮫島さん、今頃何しているんだろう……?最後に連絡したのはいつだったっけ……?
こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……。私が想定した最悪の事態を遙かに超える最悪の事態。これから私、どうなっちゃうんだろう……?
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