第32話『保険』

 どうしてこうなったのか。朝早くにチャイムを鳴らされドアを叩かれ、寝ぼけたまま玄関に行ったらイキナリ身柄を拘束されてしまった。

 刑事らしき人から逮捕状を突き付けられ、強引に手錠をはめられる。ヒンヤリとした金属の感触で一気に目が覚めた。

 私がしくじった!?何で!?いつ、どこで!?

 頭の中で様々な可能性を考えた。私は身を守る為に最善を尽くしている。落ち度は無いはず。

 捜査機関が私の想定を上回る働きをしたから?それにしたって限界はあると思う。どう考えてもおかしい。

「海江アイ、お前には不正アクセス禁止法違反を始めとする、多数の嫌疑がかけられている。大人しく観念するんだな」

 無愛想な中年刑事はそう、吐き捨てるように言った。とりあえず着て出たスウェット姿のまま、有無を言わさず強制連行。お迎えのパトカーに押し込まれて、そのまま警察署へ。スマホも財布も持たせてくれないなんて酷い。

 はぁ~~~……、私としたことが、ドジったかぁ~~~……。まさか、こんな日が来るなんてねぇ……。

 でも、ちゃんと保険はかけてある。そこまで絶望的な状況じゃない。この時点では、まだそれほど深刻に考えていなかった。



 取調室は狭い。刑事が二人と書記役の制服警官が一人。磨りガラスの窓には頑丈そうな金網が張られている。まぁ、私の運動能力でここから逃げられないのは明白。無駄な抵抗はしない。

 とりあえず、カツ丼はいらないけどカップヌードルを食べたい。寝起きにそのまま連行されちゃったし。

「お前、随分と落ち着いているなぁ?自分が今どういう状況に置かれているのか分かっていないのか?」

 横柄な態度でそう、私に手錠をかけたオジサンから言われたけど、自分の置かれた状況ぐらいは理解している。馬鹿じゃないんだから。

「弁護士の鮫島さんを呼んで下さい。それまでは黙秘します」

 刑事の威圧的な態度に怯える必要は無い。私には私を守る権利がある。毅然とした態度で、それだけを伝えた。

 だけど、このオジサンは頭が悪いらしい。態度を変えず、頭ごなしに命令口調。

「生意気言うな!お前が何をやったのかは全部分かっているんだよ!洗いざらい吐いてもらうからな!」

 はぁ?被疑者には弁護士を呼ぶ権利があるんですけど?この人は刑事のクセに、憲法で保障された権利ってものを分かってないの?


 一々相手をするのもメンドクサイ。何を言われようと怒鳴られようと、私は黙秘を貫いた。馬鹿の相手をするのは時間と労力の無駄でしかない。

 雑音をスルーするのは慣れている。これまで私が、どれだけの雑音に晒され潜り抜けてきたのか、このオジサンは全然知らないんだろう。言葉を交わす必要は無い。

 さっき『お前が何をやったのかは全部分かっている』なんて言っていたけど、ハッタリなのは見え見え。私が今まで関わってきたことの全容を把握しているとは思えない。

 その証拠に、具体的なことは言わずに誘導尋問しようとしている。取り調べで誘導尋問するような刑事がいまだにいるなんて衝撃なんだけど。

 ずっと無視していたけど、何かメンドクサイしアホらしい。少しは黙ってもらいたい。何も答えるつもりは無いんだから。

「今何時ですか?」

 スマホも無いし時計も無い。今の私に時間を確認する術は無い。とりあえず目を合わさずに、素っ気なく聞いてみた。

「時間なんか気にしてどうするんだ?お前が自供するまで取り調べは終わらないぞ!」

 頭の悪い人が、頭の悪い返答。まぁ、私は別に構わないんだけどさ。

「私がこのまま身柄を拘束されていると、サーバのメンテナンスができません。この国だけじゃなく、世界中のあらゆるサーバに私のプログラムを仕込んでますから。二十四時間に一度、私がメンテナンスをしてあげないと、全システムが強制的にダウンします。それでも構いませんか?」

 そう言ってやったら、オジサン達は黙ってくれた。お互いの顔を見合わせ、部屋の隅へ行って何かボソボソ喋っている。これが私の保険。

 全世界のネットワーク上にあるシステム、その20%程度のサーバに私のツールを仕込んである。たかが20%と侮らないでもらいたい。最大限に効果を発揮できる20%。

 様々なインフラに関わるサーバが突然停止されれば影響範囲は甚大。世界中で大混乱になる。そういうことを、このオジサン達が正しく理解してくれたらいいんだけどね。

 数分後、オジサン同士の内緒話は終わったらしい。さっきとは顔色が違う。頭が悪いなりに、少しは考えてくれたんだろう。

「一体何をやったんだ?コンピューターウィルスを仕込んだっていうのか!?」

 うん、まぁ、完全には理解できてないみたい。IT系に疎い人なんだろう。

「ウィルスじゃないですけどねー。言っても分からないでしょうから説明はしません。世界中で大勢の人が困るってだけの話です。ちゃんとした会話ができる人を呼んで頂けますか?」

 こうしている間にも、タイムリミットは迫っている。既定の時間に私がネットへアクセスしてパスコードを入力しなければ、自動的にnullがシャットダウンプログラムを実行。世界中のインフラで一斉にシステムダウンが起こる。

 このぐらい保険をかけなければいけない活動。社会的には悪に分類されるかもしれない。それでも、アマテラスの暴走とも言える行政管理を看過することはできない。

 現実として大勢の人達が反アマテラス、反行政管理システムの活動をしているんだから。別に私一人だけの問題じゃない。大義の為とかメンドクサイ話じゃない。シンプルに許せない、ただそれだけ。

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