第31話『束の間』

 最後に外出したのはいつだっけ?先月本社会議に出席した後は、コンビニとスーパーへ行っただけ。買い出し以外に家から出る理由は無いし、遊びに行くほど暇じゃない。

 カップヌードルはチリトマト味をネット通販でまとめ買いしたから、配達されるまでの間に必要な分だけ買えばいい。とりあえず、一番近いコンビニへ向かう。

 スーパーで買った方が安く済むんだけど、新商品はコンビニじゃないと売ってないことが多い。あまり経済的じゃないけど、私は満足度を優先する。

 入店したら脇目も振らずにカップ麺コーナーへ。思った通り、新商品がいくつか並んでいた。カップヌードルは、いつでも私の期待を裏切らない。

 ついでにサラダとかもカゴに放り込んでレジへ行く。野菜を食べるようになったお陰か、健康診断は異常無し。無駄なものは食べないし、体に必要なものを厳選した結果。



 家に帰ったら早速お湯を沸かす。待ち時間がもったいないから、台所で立ったままサラダを食べた。

 とりあえず、今やってる作業はあと少しで終わる。行政管理システムのセキュリティホールは、まだ変化していない。

 nullに任せている暗号化通信の複合で、何か収穫があれば良いんだけどなぁー。こればかりは結果を待つより他にない。

 カップヌードルにお湯を入れて、スマホのタイマーをスタート。慎重に部屋まで持っていく。

 出来上がるまでのわずかな時間を利用してメールチェック。受信ボックスには仕事関係のメールばかり。メンドクサイけど返信する必要あるものから順番に片付ける。

 そうしている間に三分経過。スマホが鳴った瞬間にジャストタイミングでタイマーをストップ。カップヌードルの蓋をめくろうとしたんだけど、今度はnullがアラートを出した。

「マスター、ファイアウォールが何者かの不正アクセスを検知しました。通信はEU圏内のプロキシサーバで遮断済みです」

 え、マジで!?どういう経路で来たんだろう?nullはネットワーク上で一切アクセスログを残さないし、私が活動グループとやり取りする時も、徹底的に正体を探られないようにしているんだけど……。

「null、その通信の発信元はどこ?」

 まさか、警察から……?こちらもセキュリティは万全にしてあるけど、一応警戒しておかなくちゃ……。

「国内のISPを経由していますが詳細は不明です。解析しますか?」

 詳細不明の通信……。幾重にもプロキシを経由しているし、私のところへ辿り着く前にファイアウォールが防いでくれる。でも、念には念を入れて用心しておかなくちゃいけない。

「null、発信元の解析もやって。ファイアウォールを越えようとしたら即攻撃」

 この国のサイバー対策について甘く見ていたかもしれない。捜査機関が迫っているとしたら、こちらも全力で対応させてもらう。

 私は別に、テロリストじゃない。この国の根幹を揺るがそうとしている訳でもない。アマテラスを中心とした行政管理システムに頼り切って、何も考えずに追従するしかできない人にイラついているだけ。

 最大の目標はアマテラスをクラッキングして、歪なロジックを正しいモノへ書き換えること。それが結果的には、私に自由をもたらす。AIが考えた予定なんかに人生を左右されたくないし、私の人生は私に選択権がある。

 毎日普通にカップヌードルを食べて好きなプログラミングをやって、眠りたい時に寝て起きたい時に起きる。ただそれだけでいい。

 私のプログラミングスキルならフリーランスでもやっていけるし、会社に所属する必要も無い。訳の分からない他人とのコミュニケーションに時間を取られるのも無駄、どうでもいい相手と結婚して家庭を築くなんてのも無駄でしかない。必要性皆無。

 PCの画面を見ながらカップヌードルを食べる。nullがパラレルで実行している処理が目まぐるしく進んでいる。

 不正アクセスはお互い様だけど、こっちは人生かかっているんだから。絶対負けられない。万が一ファイアウォールを越えられた場合の攻撃ツールは既に用意してある。

 麺を食べ終わり、スープを一気に飲み干した。少し休憩したいけど、そうのんびりしている訳にはいかない。こうしている間にもnullは処理を進めているし、ファイアウォールに引っかかった何者かが別の手段に出るかもしれない。

 現状、考えられる最高のセキュリティ対策は施している。心配はしていないけど用心はしておくべき。油断大敵、足元をすくわれる。私の知識は過去の前例から学んだモノにすぎない。新しい技術が確立されたら、全てが陳腐化する可能性もある。現に、私が開発した攻撃ツールはアマテラスに通用しなかった。

 相手はこの国の行政を司る、最高峰の量子コンピューター。運用開始以降、ハードウェアもソフトウェアも更新を重ねて、常に最強の座をキープしている。

 今まではこちらが攻撃する側になっていたけど、もしもアマテラスが守りではなく攻撃に転じたらどうなるか?あらゆる可能性を考慮しなければいけない。場合によっては最悪の結果になるかも。

 プログラミングに限った話じゃないけど、物事は常に最良の結果と最悪の結果を想定して取り組むべき。どちらに転んでも対応できるように備えは必要。頭空っぽの人は、そういうのが想像できないらしい。

 最初から成功と失敗のどちらも想定していれば、万が一失敗したとしてもリカバリの余地がある。こんなのは基本中の基本。

 まぁ、最初から失敗するつもりで無謀なチャレンジはしない。あくまで成功する可能性があるからやっている。人事を尽くして天命を待つ、ただそれだけ。少なくとも、アマテラスは神様じゃない。

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