第26話『冬の始まり』

 自宅に帰り、先生からもらった予定表を改めて読んでみる。進学先候補については特に問題無い。偏差値余裕。

 就職先候補の企業名を見ても無難な会社ばかり並んでいて、何か全然ピンと来ないっていうか、実感が湧かない。無理は無いんだけど面白みも無いってゆーか。

 文部科学省は一体どういう意図で、こんな予定表なんかを作ったのか?私には全然理解できない。

 まぁ……、効率的ではある。特に何か将来の目標や希望が無い人には、行動指針として有益かもしれない。

 でも、私はそういうの、要らないんだけどなぁー。特に将来設計とか考えていないけど、自分の進む道は自分で決めるし。

 まぁ、こんな紙切れなんか無視する。文部科学省の思惑なんか知ったことじゃないし。明日からも、私は私の考えで行動するだけ。



 学校生活は特に変化無い。退屈な授業を聞き流して時間を潰し、放課後はAI研の部室へ顔を出す。その繰り返し。

 部活中に例の予定表について雑談する人もいるけど、私は興味無いのでスルーしていた。

 御國さんと水辺さんは三年生だし、進学するにしても就職するにしても、リミットは迫っているはず。どんな予定表を受け取ったのか知らないけど、心中穏やかではないのかもしれない。

 まぁ、私は何も気にする必要が無い。この二人が自分で決めることだし関係無い。予定表に従うのも自分で違う方へ進むのも、本人が決めることだし。



 既に二学期も後半、御國さんと水辺さんも部活を休むことが多くなった。あの二人も受験勉強に集中しているんだろう。

 一年生もいい加減落ち着いてきているのか、リモート会議でも滅多に質問してくる人はいない。

 それどころか、部活を休む人が増えてきた。三年生はともかく、一年生も部活をやる余裕が無いってこと?一年の段階で、そんなに勉強が忙しいのかなぁ?

 放課後の部室も、私一人で過ごすことが増えている。無駄なノイズが無いのは快適なんだけど、何かが違うような……。

『海江さん』

 自分の作業に集中していたけど、プライベートチャットで来栖さんから呼びかけられた。

『今日は部活、人少ないですね』

 そう言われたけど、現在リモート会議ツールの参加者は五人しか居ない。部員のほとんどがお休み状態。

『そうね。みんな勉強で忙しいのかも』

 とりあえず、当たり障りの無い返事をする。

『私も進路指導以降に勉強のやり方が変わりました。一年生のうちにやるべきカリキュラムが増えたんです。でも予定をこなす為には仕方が無いので。。。』

 そう言う来栖さんだけど、以前本人から聞いた通り、ちょっと長文になるとテンポが悪くなった。この人まだタイピングに慣れていないのかなぁ?

『私も進路指導で予定表をもらったけど、特にやることは変わらない。成績も問題無いし、進学先も自分で選ぶから』

 私は自分の考えに基づいて行動する。それをチャットで伝えたんだけど、来栖さんは違うらしい。

『私は。。。高校卒業したら就職することになりました。。。』

 はぁ?進学しないで就職するの?来栖さん、学力高そうなのに?

『そうなの?文部科学省の予定表はともかく、来栖さん自身は大学や専門学校に行きたくないの?』

 そう聞いてみると、少し考えているのか、来栖さんは沈黙した。そして、五分くらい経ってようやく返事が来た。

『わたしも進学したいです。。。でも色々むりなんです。。。』

 何だろう?家庭の事情とか?本人は進学したくても、就職を選ばざるを得ない事情?まだ高校一年生なのに、もう卒業した後のことを考えているの?

 まぁ、私がどうこう言う話じゃない。来栖さんが無理って言うのなら、他人が何を言っても意味が無い。

 それっきり、お互い無言になっちゃった。私から何を言えばいいのか分からないし、来栖さんもそれ以上は何も言わない。

 ただ時間だけが過ぎていく……。他の人も無言のまま……。そうして、また一日が終わる……。



 終業式。二学期を振り返っても、何だかあっという間に終わった印象。内容が薄い期間というか、単なる消化試合みたいな。

 AI研も、御國さんと水辺さんは所属だけ残して活動を止めている。二人とも受験勉強に集中するんだとかで、二学期はほとんど部室に顔を出さなかった。最後に来た時は、御國さんから正式に部長の肩書きを押しつけられる始末で、何かもう、ただただメンドクサイ。

 今の一年生は既に手間が掛からない状態になっているけど、幽霊部員が増えているような?放課後にリモート会議ツールを起動しても、参加する部員は半分もいない。

 まぁ、これから冬休みに入ってのんびりできるのは助かる。学校が長期休暇に入っている間だけは、無駄に他人へリソースを割くことも無いし。

 私は今のペースで大学受験も余裕だし、特別勉強に力を入れる必要が無い。プログラミングに没頭できれば構わないし、無駄な人間関係を構築する必要は無い。

 文部科学省謹製の予定表では、情報工学に強い大学へ入学して、卒業後はソフトウェア開発が主力の企業へ就職しろとか書いてたっけ?あんな紙切れ、部屋の中で行方不明になっているから再確認できないけど、余計なお世話だ。

 候補として挙げられていた大学や企業に不満は無いんだけど、何か癪に障るし、予定表には書かれていないところを選ぼうと思う。『予定表』という形で指定された人生のレールに沿って進めばいいなんて、押しつけが過ぎる。私は私の選んだ道を行く。

 ふと、来栖さんのことを思い出した。ずっと気にしないように意識していたけど、逆に気になってしまう。

 あの日、彼女がチャットで『進学したいけど色々無理』と言ったのはどういう意味なのか?情報が全然足りないから私には分からない。

 来栖さんには来栖さんの事情があるんだろうし、私が口を挟むことじゃないけど、何かイマイチスッキリしない。だからといって、詳しい話を聞こうとは思わないんだけど。そんなに親しい間柄じゃないし。

 私が無駄に心配しなくても、悩み事があるなら彼女の身近な人が相談に乗ってくれるでしょ。少なくとも、私は彼女の身近な人じゃない……と思う……。

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