第22話『眠れない夜』

「先生なら大丈夫ですよ〜♪全然酔ってませんから〜♪」

 ご機嫌な顔でそう言う緑川先生だけど、明らかに酔っ払っている。この人、あまりお酒に強くないみたい。

 変にウザく絡まれるような酔い方じゃないのは助かるけど、今夜は早めに寝かせたほうがいいと思う。

 さすがに水辺さんと御國さんも状況は理解しているらしく、民宿の人に頼んで早めに布団を敷いてもらい、先生だけ先に寝てもらうことにした。

「ダメですよ〜?先生〜、寝る前に他の部屋を見回りに行かなくちゃいけませんから〜……」

 無駄巨乳が無駄に先生らしいことを言うけど、この状態で見回りなんてできないでしょ……。とりあえず浴衣の着崩れを直してあげないと。意味も無く無駄にデカいブラとか見えている。

 仕方がないので部長である御國さんと、付き添いとして水辺さんが代わりに見回りへ行くことに。一年生が居る三部屋の状況を見る程度なら、この二人でも役に立つでしょ。


 八畳の和室、緑川先生と私だけ取り残された……。

 去年は同じ広さの女子部屋に伽羅さんもいたから狭く感じたけど、今年は四人分の布団を敷いても余裕がある。

 手持ち無沙汰。特にやるべきことも無い。先生も特別、酷い酔っ払い方をしている訳じゃないし、それほど手間がかからないのは助かるんだけど、どうしたものかと対処に困る。

「海江さ〜ん……、一年の人とは仲良くしていますか〜……」

 不意に、先生からそう質問された。半分寝ぼけているのかもしれない。

「まぁ、それなりに」

 簡潔に答える。一年生と特別仲良くするつもりは無いけど、AI研の先輩として最低限の面倒は見ているつもり。

「海江さんが色々と~、プログラミングについてアドバイスしてあげているのは、先生も知っていますよ〜……。特に……来栖さんは……、◯∀△√□☆◇ぃまふゅから〜……、気を遣っれあげれくらさひね〜……」

 え?今何て言ったの?肝心なところが全然聞き取れなかったんだけど?

 ちょっと気になったけど、無駄巨乳は気持ち良さそうに眠ってしまった。わざわざ起こしてまで聞き直す必要性を感じないし、このまま寝かせておこう。

 ちょうど御國さんと水辺さんも戻ってきた。一年生はどの部屋もみんな、無駄に元気らしい。騒がず夜更かししないよう言っておいたそうだけど、このタイミングで男子の笑い声が聞こえてきて、水辺さんが再度注意しに行った。



 消灯。既に夜十一時過ぎ。寝るには早いけど、寝るしかない状況。

 今年も水辺さんと御國さんに挟まれて寝ることに。この人達は、一体何をそんなに話したいんだか……。

「海江さん、今年も夜通し女子会だよ!静かに盛り上がろうね!」

 水辺さんが極力小さい声で開会を宣言した。今年もまた、途中で寝たふりさせてもらおう。

「海江さんも〜、二年生になったし〜、新入部員から見れば頼りになる先輩なんだよね〜♪何だか感慨深いね〜♪」

 ゆるキャラ御國さんは、深みの無い発言。一年前と大して変わらない。

「二人とも早く寝て下さい。そんなに話のネタも無いでしょう?私達が夜更かししていると、一年生に示しがつかないじゃないですか」

 正論をぶつけてあげたけど、二人は未練たらしく何やかんやヒソヒソ話しかけてくる。やっぱ耳栓を用意するべきだった。

 二人の思い出話とか私が入部する前のAI研についてとか、プログラミングのことは全然話さないのに無駄な話題が尽きない。興味無い話ばかりだからテキトーに聞き流していたけど、いい加減相槌打つのもメンドクサイ。

「スミマセン、私もう眠いんですけど……。今夜はこの辺で終わりにして下さい」

 正直言うと眠くはないけど、この二人のおしゃべりに付き合っていたら本当に徹夜しそうだし。ハッキリと意思表示してやらないと、いつまで経っても終わりそうにない。

 幸い、こちらの要求は通って、ようやく部屋が静かになった。やれやれ……、これで解放されたか……。



 エアコンの動作音以外は特に何も聞こえない。ひっそりと静まり返り、真っ暗な部屋の中、私の安眠を妨げるモノは何も無い。でも、何故か眠れない……。

 光が漏れないように布団の中でスマホを確認すると、午前一時過ぎ。普段ならとっくに眠っている時間。

 あれだけ無駄にはしゃいでいた水辺さんと御國さんも、既にスヤスヤ眠っているみたい。何で私だけ眠れないのよ……。

 特に気掛かりなことも無いし、明日も普通にAI研の活動をするだけ。夏合宿なんて去年もやったし、部員が増えたことによる影響なんて、そんな大した話じゃない。明日以降もやることは、去年の夏合宿とそれほど変わらないでしょ。

 今年は一年生が十七人も入部して、AI研が無駄に賑やかな部になっちゃったなぁ……。何かと質問されるのはメンドクサイと思っていたけど、それも最初の頃だけで、徐々に私の指導が浸透しているらしく、一年生同士で相談していることもあって大分マシにはなった。

 来栖さんは何故か直接部室まで質問しに来るけど、そんなにしょっちゅう来る訳じゃないし、質問のレベルもとっくに初歩を抜けて応用の域に達している。一年生の新入部員の中では一番理解が早いと思う。

 ……何で来栖さんは、直接部室まで質問しに来るんだろう?みんなリモート会議ツールでリアルタイムに会話もチャットもできるのに、来栖さんは全く活用していない。直接対面で会話するメリットを選んでいると考えるべきだと思うけど、何のメリットがあるの?

 それと……、緑川先生が眠りにつく前、ろれつの回らない状態で何かを言っていたけど、あれは何を言いたかったんだろう……?

 ちょっと気になったけど、まぁそんなに大した話じゃないでしょ。私には関係無いし興味も無い。来栖さんについて特別迷惑に感じている訳じゃないし、あの人はそういう人なんだという認識でいれば問題無い。そう思う……。

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