第17話『別離』
「それ……どういう意味ですか……?伽羅さん、AI研を辞めるんですか?」
いなくなるってことがどういう意味での言葉なのか、突然のことに動揺した。
でも、ウチの学校は生徒全員部活に参加するってルールだから、伽羅さんだけ辞めちゃうってのも意味が分からない。
暗がりの中、伽羅さんの表情はよく分からない。でも、いつもの優しい口調で説明してくれた。
「私、MITへ留学することにしたの。向こうは秋からスタートになっちゃうし、高校は中退っていう形でね。私がこうして高校生でいられるのも、あと少しよ。フフフッ……」
え!?MITって、アメリカのマサチューセッツ工科大学だよね?イヤ……まぁ、伽羅さんなら学力充分だろうし、分からなくもないけど……。うん……、そうかぁ……。MITへ行っちゃうのかぁ……。
まぁ伽羅さんの進路について私が口を挟むのは筋違いだし、意見する立場じゃないよね……。
翌朝、無駄に賑やかな朝食を終えたら急に真面目モード。当初予定していたプログラミングの勉強会を開催。
各自苦手な部分は把握しているようで、何を勉強するかはちゃんと計画しているんだそう。私は私でダイアナのチューニングを進めたい。
明日には民宿を出て帰っちゃうから、じっくり腰を据えてって訳にはいかないけど、限られた時間にできる範囲でやっておこう。
みんな真面目に、プログラミングに取り組んでいる。水辺さんまで口数が少なくなった。
まぁ、無駄に雑談しないって程度で、あれこれ質問されたりするのは学校の部室と同じなんだけど。
「ねぇねぇ、海江さ〜ん、ちょっとこれ見て〜♪」
御國さんから呼ばれたけど、何を見てほしいってーのよ?質問があるなら先ず主語を入れて言ってもらいたい。
「あれ?この動き、御國さんが作ったんですか?」
御國さんのPCを見ると、プリシェが笑顔でダンスを披露していた。真面目に勉強しているかと思えば、一体何を作っているのよ……。
「ハナちゃんも見て〜♪これ、海江さんのモジュールを改造して作ったんだよ〜♪」
そう言われて気付いたけど、もしかして私がAI研に提供した、アバター制御に使うモジュールを改変したの?無駄過ぎる……。
「凄い!詩穂、私のフローラも踊らせたい!何をどうしたのか教えて!」
水辺さんも、興味津々って感じ。どうしてそう、くだらないことに労力を払っているのよ……。無駄過ぎる……。
でもまぁ、私のモジュールを改変できる程度に、御國さんも少しは成長しているのかもしれない。これについては特に質問も無かった訳だし。
私もプログラミングを始めた頃は、ネットで拾ったフリー素材をあれこれといじっていた。ソースをちゃんと理解していなければ改変もできないし、思い通りの結果は出力できない。
ダンスを踊らせるなんて無駄でしかないけど、まぁそれなりに勉強は進んでいるんだと思う。
夕食。昨日と微妙にメニューが違うけど、また魚をメインにした料理がテーブルに並んでいる。
まぁ、不味い訳じゃないのは分かったから食べてもいいけど、大食いタレントじゃないんだから、こんなにたくさんは要らない。私は普段カップヌードルばかり食べているから、それに合わせて胃袋が最適化されているんだと思うし。
みんなは出された料理に満足しているみたいで、和気藹々とおしゃべりしながら食事している。
勉強中はみんな無駄話を控えていたから、水辺さんなんかは特におしゃべりしたいみたい。
「伽羅さん、MITへ行くって話ですけど、いつ出国するんですか?秋から~っていうことは、夏の間に渡米するんですか?」
水辺さんからそう聞かれた伽羅さん、落ち着き払った顔で返答する。
「そう。夏休みが終わる前には出国するわ。私の親戚がアメリカにいるから、そちらでお世話になることにしたの。この夏合宿が、私の高校生活最後の思い出になるわね。フフフッ……」
伽羅さんはそう言って、お箸を置いた。この人は焼き魚の食べ方が、とても綺麗だ。
「伽羅さんには高校卒業までAI研にいてほしかったけど、MITへ留学となるとねぇ……。僕もどう言えばいいのか……。でも、向こうでも元気に頑張ってね。伽羅さんなら、何も不安は無いと思うよ」
多田さんはそう、励ましなのか何なのか、よく分からないことを言ってお茶を濁す。この人は自分の進路の方が不安なのかもしれない。
「本当に、お祝いしたい気持ちと、少し残念な気持ちが半々ぐらいかしら……。でも、アメリカへ行っても伽羅さんでしたら上手くやっていけるでしょうからね。本当に、体には気を付けて下さいね」
緑川先生まで、よく分からないことを言う。正直言って扱いに困るぐらいに、伽羅さんが優秀過ぎるんだと思う。
すると、焼き魚の食べ方が下手な御國さんが口を開く。
「先生~、伽羅さんの送別会を開きませんか~?MITへ留学なんて~、我が校始まって以来の名誉ですよね~?ちゃんとしたお別れの場を作りませんか~?」
そう言ったんだけど、伽羅さんはいつも通り落ち着いた雰囲気で断りを入れた。
「いいのよ、御國さん。この夏合宿だけでも、私には凄く良い思い出になったから。それに、もう二度と会えない訳じゃないでしょう?アメリカの大学へ行く、ただそれだけの話よ。フフフッ……」
伽羅さんはそう言って、ニッコリ微笑んだ。
まぁ……確かに、伽羅さんが言う通りだ。海外へ留学するからといって、二度と会えなくなる訳じゃないし。物理的に距離が遠く離れても、ビデオ通話やメッセージのやり取りで連絡もできる。
いなくなるのは惜しい人材だというのが実情だけど、これは本人が選んだ進路なんだからしょうがない。私達が口を挟むのは筋違い、ただそれだけ。
現実的に考えて、伽羅さんがいなくなった後のAI研がどうなるのか……?何かヘルプ頼まれたりと私の負担が増える可能性大だけど、AI研は元々そういう人達の集まりだったし、入部した頃に比べれば多少は進歩しているから、何とかなると思う。
伽羅さんがいなくなっても、私は困らない。私には影響無い。留学したいのなら勝手にすればいい。私はその程度の認識でいた……。
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