第5話『伽羅さん』

「あれぇ〜?おかしいなぁ〜?海江さ〜ん、ヘルプ!お願い〜!」

 御國さんが何か言ってる。入部してから1週間経ったけど、AI研での私の立ち位置は、すっかりヘルプ要員として定着させられてしまった。

 でも、都合良くメンドクサイ役割を押し付けられたくはないので、最低限必要な情報をまとめたマニュアルを大急ぎで作って、参照用に部内で共有してある。

「御國さん……、先ずはマニュアル参照しましたか?ネットで検索しましたか?調べて自分の頭で考えて、それでも分からない時だけ質問して下さい」

 そう言って突き放す。とりあえず、同じAI研究部員だからといって、変に馴れ合いたくはない。私は私で、ダイアナのチューニングを進めたいし。

「まぁまぁ、困った時はお互い様だよ!同じAI研の部員なんだから、助け合い精神は大事だよ!」

 そう水辺さんは無駄に明るくポジティブに言う。この人はきっと、頭の中お花畑なんだろう。名前もハナだし。

「イヤ、海江さんの言う事も筋が通っているよ。彼女がAI研の為に作ってくれたマニュアルは、凄く完成度が高くて参考になる。先ずは自力で解決するよう努力しよう」

 多田さんは三年生で部長だし、真面目人間っぽく、そう言ってくれる。この人も、実力が伴ってくれたら言う事無いんだけどねぇ……。

「フフフッ……。良いわねぇ、みんなで一緒に頑張るのって。文化部だけど熱血青春モノみたいじゃない♪」

 伽羅さんは一人、高みの見物をきめている。この人から見たらAI研の部員なんて、エベレストの頂上から見下ろしているような感じなんだろう。

「海江さ〜ん、調べて考えても分からないの〜!お願い、助けて〜!」

 御國さんは何が分からないのか、主語を言わない。トロくさい喋り方にもイライラさせられる。

「スミマセン、今ちょっと集中して作業したいので。自力で頑張って下さい」

 そう言って、ヘッドホンを使って強制シャットアウトしてやった。何で上級生が私に頼ってくるのよ。いい加減にして欲しい。

 御國さんは泣きそうな顔をして何か言ってるみたいだけど、完全無視する。私はあなたの先生じゃないんだから。何の為にマニュアル作ったと思っているのよ。

 何か水辺さんと多田さんが御國さんの方に集まって、PCの画面を見ながら話し始めたようだ。無駄に高価なハイスペックノートPC使ってるくせに情けない。

 何が分からないのか知らないし興味も無いけど、自分達で解決出来ないようなら、その程度の人達だって事。レベルが低過ぎて話にならない。

 ほんの数分、私は自分の作業に集中していた。やっぱ洋楽ロックを聴きながらコーディングするとノリが良い。とにかくキリが良い所まで集中して一気に進めたい。

 そう思っていたんだけど、イキナリ後ろからヘッドホンを外されてビックリしてしまった。えッ!?一体何なの!?

「海江さん、ちょっと御國さん達には難しい所みたいなのよ。海江さんって教え方が上手だし、ね?少しだけヘルプしてあげて♪」

 伽羅さんに耳元で、そう囁かれてしまった。ビックリして後ろを振り向いたんだけど、伽羅さんは別に怒ったような顔はしていない。とても優しい微笑みを浮かべて私を見ている。

「ハイ……。少しだけなら、いいですけど……」

 思わずそう返事をしてしまったけど、何でだろう……?伽羅さんに頼まれると、何故か断り難い……。

 他の人と雰囲気が違うのは分かるんだけど、変にイラつくこともないし、従わざるを得ないような気がしてしまう。

 この人が明らかに、プログラミングスキル高いからかなぁ?どう考えても、ちょっとプログラミングをかじった程度の高校生を遥かに超えているし。

 だからといって言いなりになるつもりは無いけど、まぁ……、今回は少しだけ、御國さんを助けてあげよう……。



「出来たぁ〜!ねぇねぇ、見て〜!私のプリシェに海江さんのモジュール実装出来たよ〜!」

 御國さんは便秘が解消したかのような喜びの声を上げる。分からない分からないと言っていた事も全然大した話じゃなかったし、何だか拍子抜けした。

 ぶっちゃけ、最初にヘルプ頼まれた時に教えてあげてた方が、時間のロスは少なかったと思うし。

「やったね、詩穂!やれば出来るじゃない!海江さんも、本ッ当〜にありがとうね!」

 水辺さんがそう言って、嬉々として私の手を握ってきた。だから、一々手を握らないでほしいんだけど?無駄なコミュニケーションとしか思えない。

「イヤ〜、やっぱり海江さんは優秀過ぎると思うよ。僕も話を聞いていて勉強になったから。海江さんがAI研に入部してくれて、本当に良かったよ」

 多田さんは妙に感心したふうに、そう言った。こういう役割は、本来部長がやる事なんだけどね。一年生の私をあまり頼らないでもらいたい。


 その後も伽羅さんを除いて、AI研の部員はちょいちょい私にヘルプを頼んでくる。何かイマイチ釈然としないけど、その都度自分の作業を中断して助けてあげた。

 理由としては、何か伽羅さんの視線が気になったからだ。私が色々ヘルプしてあげているのを満足そうに眺めている。

 もしかしたらAI研って、実質的には伽羅さんが支配しているんじゃないかと思ってしまう。間違いなく、実力ナンバーワンだろうと思うし。

 悔しいけど、正直言って私は伽羅さんに負けていると思う。私はネットで配布されている雛型をカスタマイズするだけで手一杯だった。

 伽羅さんみたいにゼロから開発するとなったら、とてもじゃないけど1週間じゃ全然足りない。この人はパンドラを作るのに、どれだけの時間を使ったんだろう……?

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