第10話 ミリア視点

姉が王位を継ぐと、あんなに暗かった城の者達はみんな明るくなった。結婚したばかりの夫は、涙を流して姉に感謝している。


同じ母から産まれて、父親がどこの誰か分からないのはわたくしも、姉も同じ。それなのに……どうして姉だけ……。


優しい夫も、姉の事ばかり褒める。今だって、嬉しそうに姉の即位を祝う品を選んでいる。わたくしと姉は、何が違うの?


思わず姉の悪口を言うと、いつもは優しい夫が怒った。


「絶対に、ビオレッタ様に失礼な真似をしないで下さい。彼女に見捨てられたら、我が国は終わりです」


「なんで……わたくしとあの女、何が違うっていうの……」


「あの女、なんて呼び方はおやめ下さい。ビオレッタ様は我が国の王で、我々の主人です。絶対に、無礼な真似をしないで下さい。私をどれだけ罵っても構いません。でも、ビオレッタ様を罵ったら終わりです。モーリス様はビオレッタ様を溺愛しています。ビオレッタ様を敵に回せば、ビオレッタ様だけでなく彼女を大切にしている方達も怒らせることになる。少なくとも、二つの国が敵に回ります。もっと増えるかもしれない。今度こそ国が滅びます。もしミリア様がビオレッタ様に無礼な真似をしようとしたら、その場で土下座させます。どこであろうと、そうします。街中だろうと、民が見ていようと、貴女の頭を下げさせます。ビオレッタ様が訪れている間は、私はミリア様から離れません。きちんと弁えて下さい。ミリア様がこの城で変わらず暮らせるのは、ビオレッタ様のおかげなのですよ」


「うざい! ここはわたくしの家よ!!!」


「うざくても、私は貴女の夫です。城は、家ではありません。この城はビオレッタ様のものです。我々は、彼女の温情で暮らしているに過ぎません」


「なんで……! あの女は狡い! あんなに良い母親なら、わたくしだって……!」


「ミリア様は、ビオレッタ様の何を知っているのですか?」


「なにって……なにも……」


「ミリア様は、アメリア様の愛を一身に受けてお育ちになりました。一方ビオレッタ様は、産まれてすぐアメリア様に捨てられて、キャスリーン様に押し付けられた」


「え……?!」


「ビオレッタ様は、実の母に捨てられたのです。ここだけ見れば、狡いと言われるのはどちらでしょうか?」


「わた……くし……?」


「実の母に愛されたミリア様は狡い。そう言われても仕方ないのです。だけど、ビオレッタ様は一度もミリア様にそのような事を言わなかった。ビオレッタ様を羨むのなら彼女の努力を知ってから羨んで下さい。ビオレッタ様の所作や言葉遣いは一朝一夕に身に付くものではありません。あのお年で三ヶ国語を操るのは、凄いことです。我が国の文化や歴史もしっかり学んでおられた。ミリア様は、国の人口、特産品、災害の起きやすい場所、民の行う祭りなどをご存知ですか?」


「……知らない」


「ビオレッタ様は、全てご存知でした。王になるのだから当たり前だと仰った」


「そんな……そんなの知らない……!


「ミリア様、ビオレッタ様との違いを探すのはやめましょう」


「……なにひとつ……あの女に勝てないから……?」


「無礼な物言いはおやめ下さい。モーリス様のお言葉は気にしない方がよろしいですよ。あの方はビオレッタ様を溺愛しておられますから、ビオレッタ様を馬鹿にしたミリア様に攻撃的になるのは当然です。反省して、次に活かせば大丈夫です。ビオレッタ様は貴女を妹と呼んで下さった。国を任せて下さった。それがどれほどの覚悟か、お分かりになりますか?」


「覚悟? 分からないわ」


「ビオレッタ様は、正当な王位継承権をお持ちだ。我々を追い出す事もできた。だけど、ビオレッタ様はミリア様にこの国を任せて下さった。ミリア様の失態はビオレッタ様の失態になります。帝国に嫁いだビオレッタ様にとって、失敗はなにより怖い事です。帝国は完全な実力主義。たとえ王族の妻になっても役に立たなければ粛正されます」


「粛正って……」


「最悪の場合、殺されるそうですよ。ミリア様のように礼儀のなってない人を代理にするなんて、私なら絶対にしません。ビオレッタ様は本当に慈悲深いお方です」


「なによ! 礼儀なんて知らない! あの女もできるんだから簡単でしょっ!」


「だから、ビオレッタ様を馬鹿にするのはやめて下さい! ビオレッタ様とミリア様は母親は同じでも育った環境がまるで違います! ビオレッタ様はキャスリーン様の元で王族としての教育を受けて育った。あのご様子から察するに、ご両親であるキャスリーン様とクリス様に厳しく教育されたのでしょう。ミリア様は、両親から可愛がられて我儘放題で暮らしていた。貴女が宝石やドレスに夢中になる間に、ビオレッタ様は勉学に励んでおられたのですよ。ミリア様には、王族としての知識が足りません。それは貴女のせいだけではない。私の父や、我々貴族達、亡くなってしまわれた貴女のご両親の責任でもあります」


「じゃあ……わたくしは悪くない……!」


「今まではそうです。でもこれからは違う。ここまで言われて何もしなければ貴女の責任ですよ。ビオレッタ様を見て狡いと思うだけですか? ミリア様だって、努力を重ねれば素晴らしい人になりますよ。人と比べる暇があるなら、一分一秒でも無駄にせず自分を磨くべきです。やり方が分からなければ、私がお教えします。教師の手配もします。私は貴女の夫です。一生、貴女の側にいます。たとえ、貴女が無礼な態度を取ってビオレッタ様の怒りを買い、城を追い出されても私は貴女から離れません。平民になっても、ミリア様の夫です」


「なんで……わたくしは我儘で……酷い女なのに……」


「今まではそうでした。でも、これからは違うでしょう? 私は、ミリア様を愛しています。私では不満かもしれませんが、どうか一生、貴女の側にいさせて下さい」


お母様も、お父様もわたくしを愛してるといつも言っていた。だけど、この人の愛してるはなにか違う。心が温かくなり、不安だった気持ちが少しだけ落ち着いた。


「……夫なら、落ち込んでる妻を慰めてよ」


「喜んで。愛してます、ミリア様」


初めて抱きしめられた夫の身体は思ったより大きくて、とっても安心感があった。わたくしは初めて夫の名を呼んだ。

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