第10話 新しい命


結婚して、クリス様の事を呼び捨てにするようになった。彼は優しくて、厳しい。無理をしているとすぐに気が付いて休ませてくれる。


育児にも積極的で、週の半分はビオレッタと一緒に眠る。残りの半分は夫婦の時間だ。


わたくしは、知識はあっても経験がなかった。だから不安だったけど、初夜はとっても優しくしてくれた。余裕がない、とクリスは苦しそうだったけど……そんな彼の姿も愛おしかった。


彼はわたくしの身体に負担がかからないようにゆっくり時間をかけてくれた。クリスに抱かれていると、大事にされていると分かってとても幸せで、誰も来ない部屋で待つ過去の自分が癒されていくようだった。そう伝えると、クリスが優しく口付けをしてくれて意地悪そうに笑って言った。


「こんなに綺麗で可愛いキャシィを放っておくなんて、あの男は愚かだな。だが、おかげで俺はキャシィと結婚できた。感謝しないとな。さ、キャシィの夫は俺だ。あんな男の事はもう忘れると良い。我々が報復するまでもなく、あいつらは内部から崩壊するよ」


クリスは王族になって、専属の密偵を手に入れた。どうやら元夫を見張っているらしい。大事な娘を守る為だって言ってたわ。


あの国は信用を失って、ずいぶん窮地に立たされているようだ。マリーが時折、真剣に新聞を読んでいる姿を見る。長い間乳母をしていたマリーの身体は、大きな負荷がかかっている。


だから、この機会に乳母を辞めてもらいビオレッタの教育係になってもらった。他の乳母の人達も、残ってもらい一時的にビオレッタの教育係になってもらう。教育係としては多すぎる人数だが、誰一人解雇しなかった。なぜなら、きっとすぐに乳母が必要になると思ったからだ。


クリスと結婚して半年後、わたくしのお腹に新しい命が宿った。知らせを聞いて、クリスがビオレッタを連れて来てくれた。マリーも一緒だ。


「キャシィ、体調はどうだ?」


「正直、あまり良いとは言えないわ。けど、大丈夫よ」


つわりがこんなに苦しいとは知らなかった。体調が悪いと思い医師に相談すると、懐妊していた。吐き気と食欲不振で体重が落ちてしまった。お腹の子の為にも、食事をしないといけないのに。


今は無理せず、食べられるものをと医師に言われたがどうしても気持ちが焦ってしまう。身体の変化についていけず、不安ばかり募る。


「かあさま、かあさま!」


だけど、ビオレッタの前で情けない姿は見せられない。


少しずつ意味のある言葉を話すようになったビオレッタが、必死でわたくしに抱きつこうとする。思わずお腹を庇おうとすればビオレッタを拒否しているように見える。わたくしがお腹に触れた瞬間、マリーがビオレッタを止めてくれた。


ありがとうマリー。おかげでビオレッタを傷つけなくて済んだ。


「キャスリーン様、無理をなさらないで下さいませ。初めての事です。身体の変化に戸惑っておられるでしょう。ビオレッタ様、お母様のお腹には新しい命が宿っております」


「いのち?」


「ええ、ビオレッタ様のご兄弟です。お母様のお身体に負担がかかると、ご兄弟の命が危険です。ですからしばらくの間、お母様に近寄るときは優しく近寄って下さい」


「やさしく?」


「はい。以前、お花を引っ張ってしまった時に折れてしまいましたよね」


「おはな、いたかった」


「そうですね。たくさんたくさん、泣きましたもの。でも、今日のお花は折れませんでしたね」


「おはな、きれい。いたくない」


「はい。その通りです。さすがビオレッタ様。今のお母様は、あの時のお花と同じです。優しくそっと近寄るようになさってください。お腹に、大切な命が宿っておられますので」


「かあさま、だいじ。いのちも、たいじ」


「そうです。ビオレッタ様と同じ、大切な命がお母様のお腹にいるのです」


「わかった! かあさま、だいじ!」


「では、ゆっくり近寄りましょうね。大事なお腹を叩かないように気をつけてください」


「おなか、だいじ!」


いつものビオレッタなら、激しく抱きついてきていただろう。だけど、今日のビオレッタは優しく近寄りそっとわたくしに触れている。


そんなビオレッタが愛おしくて、強く抱きしめた。


「かあさま、いたくない?」


「大丈夫よ。愛してるわ、ビオレッタ」


「かあさま あいしてる」


にっこりと笑うビオレッタが可愛くて愛おしくて、思わず涙が流れてきた。


「かあさま つらい?」


「辛くないわ。とっても幸せよ。ビオレッタがいてくれて、本当に幸せ」


「しあわせ! しあわせ!」


この子が産まれる頃、ビオレッタは三歳になっている。少しずつ、王族としての教育を始めないといけない時期だ。ビオレッタの教育が始まる前に、決めておかないといけない事がある。

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