第11話 婚約
「ビオレッタは昼寝したよ。マリー達がついてるから安心して。とにかく今は休んでくれ」
「ありがとうクリス。わたくし、さっきビオレッタが近寄ろうとした時……あの子を拒絶しようとしたの。お腹の子を守らなきゃって……ビオレッタも大切なわたくしの子なのに……!」
妊娠して不安定になっているのだろうか。涙が溢れて止まらない。何度か元夫からの手紙が届いた事がある。元夫と妻の連名でビオレッタを返せと書いてきたのだ。最後の手紙には、自分の子が産まれたらビオレッタを蔑ろにするだろう。そんな女に大事な自分の子を預けられないと書かれていた。
それまでの戯言は無視できたが、ビオレッタの名を出されたら無視はできない。厳重に抗議したら、宰相が飛んで来て謝罪したわ。だけど、お父様は許さなかった。代理で話にならんと宰相を丁重に追い返した。クリスは詫びの品を受け取らず、ずっと宰相を睨みつけていた。
背中を丸くした宰相が、しょんぼりと帰って行った。マリーに会いたがっていたようだけど、そんな事言い出せなかったみたい。
それから、手紙は一切届かなくなった。一度だけ、宰相から正妃の教育が終わり次第詫びに行くと手紙が来たが、顔も見たくないから来るなと返事をした。
そこからだ、だんだんわたくしの心がおかしくなったのは。
ビオレッタを大事にしなくなるに決まっている。
そんな事ない、そう思ってるのに……。ビオレッタが大好きで、愛してるのに……。
「キャシィは、妊娠して不安になっているだけだ。ビオレッタを疎ましいと思っている訳ではないだろう?」
「当たり前じゃない! ビオレッタは可愛い、大事な、わたくしの子よ!」
「だよな。キャシィは、大丈夫だよ。もし、さっきみたいにキャシィが不安になれば俺が助ける。ビオレッタも、キャシィも、この子も傷つけさせない。みんな俺の家族だ。以前、ビクターにも言われた。自分の子が産まれたら、ビオレッタを大事にできなくなるんじゃねぇかって。そんな事ねぇって突っぱねたよ。だって俺には、キャシィがいるんだから。一人なら、不安に潰される事もあるだろう。けど、俺達は一人じゃない。キャシィがおかしいと思えば、俺が止める。俺がおかしかったら、キャシィが止めてくれ。一人で抱えなくて良い。俺達は夫婦だろ?」
「……そう、そうよね。ありがとうクリス。わたくし……もっと強くなるわ。今までこんな事考えた事なかったのに、あの手紙が来てからなんだかおかしくなってしまって……」
「ったく、余計な事しやがって。あいつらの話なんて聞かなくて良いよ。やっぱり、ビクターの提案を受けた方が良いと思ってるんだ。キャシィはどう思う?」
決めないといけない事。それはビオレッタの婚約だ。実は、ビクター様の第一子とビオレッタは何度か会っている。
まだお互い幼いけど、気は合っているみたいで楽しそうに遊んでいる。ビクター様夫婦は、ビオレッタの出自を知っている。帝国の王族と結婚出来れば、ビオレッタは結婚してからも守ってもらえる。
とても魅力的な提案だと思う。
もちろん、うちにだけ利があるわけではない。ビオレッタの血筋は、あの国にちょっかいを出すにも役に立つ。今のところ、元夫に子どもができる気配はないのだから尚更だ。
以前クリスが教えてくれた。ビオレッタの父親はきっと元夫ではないのだろう。お父様やお兄様は秘密にするつもりだったみたいだけど、クリスが教えてくれた。ビオレッタの生まれがどこであろうと、私達の子だからと。
「ビオレッタを守るには、お受けした方が良さそうね。幼い頃から婚約者なら、大事にして貰える可能性が高い。けど、逆のパターンもあるわよね」
幼い頃からの婚約者の良さが見えなくなり、年頃になって一方的に婚約破棄する。そんな事例が問題視されている昨今、婚約の契約はどんどん厳密になっている。
「安心してくれ。いくらあちらが大国でも、ビオレッタの不利にならないような条件で婚約を結ぶから。そんなふうに心配しているのは、ビオレッタを大事にしてる証拠だよ」
クリスが微笑むと、不安がすうっと消えていった。
「わたくし、クリスと結婚して良かったわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます