第4話 婚姻届

わたくしとクリス様の婚約は、誰も反対しなかったのであっさりまとまった。わたくしはともかくクリス様は初婚なのだから、準備に時間がかかるかと思ったけどクリス様のご両親が物凄い勢いで外堀を埋めにかかったのだ。ピーター様もお手伝いしたらしい。あっという間の出来事で、一体何が起きたのか分からなかったけど、三日後には婚約が整っていた。


お父様も、有力な侯爵家の意向を尊重して話をまとめてくれた。


早くクリス様と婚約がまとまって本当に良かった。まさか、お姉様が第四王子夫婦を連れて来るなんて思わなかったもの。


知らせが来たのは、お姉様が到着する数時間前だったわ。青褪めたお兄様がわたくしの部屋に飛んで来た。クリス様も連れて来たわ。


「キャスリーンの婚約を知らせたのだが、行き違いになってしまったようだ。まさか姉上が第四王子夫婦を連れて来るとは思わなかった」


「わたくしを側妃にしようとなさってますわね。国にとっては、その方が良いのでしょうけれど……」


「キャシィ」


クリス様が、わたくしに近寄り頭を撫でてくれる。それだけで、とても幸せな気持ちになる。


「今回だけは、我儘王女になってやりますわ。わたくし、今度こそ幸せになりたいんですの。離宮に閉じ込められるなんてもう真っ平です。ビオレッタと一緒に、クリス様の元へ参ります」


いつもは、お父様やお兄様のご意向を確認します。でも、これだけは譲れません。


「俺もキャシィを手放すつもりはない。というわけで、王太子殿下。今すぐこれに名前を書いて下さい」


「これは……婚姻届か。いつの間に取り寄せたんだ」


「キャシィにプロポーズした直後に知り合いの神殿関係者を訪ねて取り寄せるように頼んだのです。ついさっき私の元へ届きました。別の様式でも構いませんけど、神殿のマークが入っているこの紙なら受理も早いですからね。この紙を出せば、俺達の本気を分かって頂けるでしょう。証人は最大四名ですから、国王陛下と王太子殿下に証人になって頂きたいのです」


わたくしが離婚した時の婚姻届や離婚届はお父様が用意したものだった。だけど、神殿が用意した特殊な紙を使った婚姻届も存在する。


王族の婚姻届は、神殿から特殊な紙を取り寄せる事が多い。だけどかなりの時間がかかるので、急いでいる時は使わない。クリス様が持っている紙は厳重に枚数管理されていて、取り寄せたのに使わないなんて事があったら神殿の信頼を失う。取り寄せる時、誰と誰が夫婦になるかも伝えるから取り寄せた時点で実質夫婦になったようなものだ。


「簡単に言うが、正規のルートを使えば半年はかかる用紙だぞ。どうやったんだ」


「王太子殿下のおかげで、たくさんの人々と素晴らしい出会いがありましたので。正規のルールで取り寄せた物ですから、俺とキャシィが夫婦になる事を神殿は知っています。陛下の許可は取れています。王太子殿下はご不在でしたのでお伝えする時間がなくて……知らせるのが遅くなり申し訳ありません」


「構わん。しかしまぁ……ここまでするとは。クリスの本気を見たな。確かにこの紙なら、横槍は入らない。しかも、既に父上のサインがあるな。私とキャスリーンが書けば出せる。姉上が来る前に急いで出すつもりか?」


証人は、二名いれば良い。


「いえ、ジェニファー様と王子殿下にも証人になって頂きましょう」


「無茶を言うな。姉上はキャスリーンが側妃になれば幸せになれると思っている。姉上の方が地位も権力もある。あの大国の王妃様だからな」


「キャシィは、俺の側にいると幸せだそうですよ」


「ふん、短い時間でずいぶん惚気るようになったではないか」


「お褒め頂き光栄です」


「誉めとらん」


「おや。大切な妹君の幸せと政治、どちらをお取りになるのですか?」


「お前……ずいぶん言うようになったじゃないか」


「王太子殿下には感謝しています。全力でビオレッタとキャシィを幸せにしますので、今後もよろしくお願いします。兄上」


「ちっ……。その調子で姉上を説得してみせろ。任せたからな」


お姉様は、わたくしの事を可愛がってくれたけど、王族としての義務を忘れてはならないと常に仰っていたわ。王族は、婚姻で国と国を繋ぐ。そう……教えてくれた。


「お任せください。キャシィ、安心しろ。ビオレッタとキャシィは、俺が守ってみせる」

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