第3話 過去の約束【クリス視点】

「わたくしはどうやら、ずっとクリス様が好きだったみたいです。気付くのが、遅すぎましたね。……あの、クリス様には恋人や想い人は……」


恐る恐る聞くキャスリーン王女の目は、以前と変わらない。変わったのは、彼女が大人になった事だけだ。


「恋人はおりませんが、想い人はおります」


あの時と、同じ目をした王女様が泣きそうだ。違う、泣かせたいんじゃないんだ。


どうして俺は、こんな言い方しか出来ないんだ。ピーターのように上手く言葉を紡げない。


情けないが、弟の真似事をする事にした。


「俺の想い人はキャスリーン王女です。どうか、俺と結婚してくれませんか?」


王妃様のご命令は、キャスリーン王女に嘘を吐くな、という単純なものだ。


余計な事を言えば、キャスリーン王女はまた悲しむかもしれない。そう思って淡々とプロポーズをすると、王女様の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。


「……嬉しい……嬉しいです……あの時の約束を…… どうか……」


約束?

ま、まずい! 全く記憶にない!


「もしかして、覚えておりませんの?」


涙目の王女様に睨まれると、どうして良いか分からない。くそ、思い出せ……!


「いつかわたくしが立派な王女になったら、頭を撫でて下さると約束したではありませんの」


そうだ。確かにそう言った。

平民だと名乗る俺に分け隔てなく接する王女様が可愛らしくて、ついつい長時間一緒に過ごしてしまった。今すぐ城に帰ると言ったキャスリーン王女は、俺の耳元で囁いたんだ。


『いつか……クリス様が認める王女になれたら、もう一度だけ、頭を撫でて下さいまし』


泣くキャスリーン王女を宥めようと、何度も頭を撫でた。それが心地良かったらしく、頭を撫でて欲しいと強請られたんだ。


「……思い出しました。あの時、すぐに頭を撫でようとした俺の手をまだ立派ではないからと振り払ったのでしたね。キャスリーン王女、貴女は立派な王女様です。どうか、俺に貴女の隣にいる権利を下さい。毎日、頭を撫でさせて下さい。一生、俺と夫婦でいて欲しいんです。あの時出会ったキャスリーン王女の姿が忘れられなくて、結婚を断り続けました。貴族の地位すら危うい俺は、王女様に相応しくない。そう思っていました。キャスリーン王女が俺を探して下さっている事は知っていました。陛下の怒りを理由に、俺は貴女から逃げたんです。もう一度会えば、きっと気持ちが抑えられなくなる。だからお会いしないよう国外へ行きました。貴女がご結婚されたと聞いて、心にポッカリと穴が空いたような気持ちになりました。ピーターとお見合いの話が出てると聞いて、悔しいけどピーターの方が貴女を大切にしてくれる。そう思っていました。だけど……貴女は俺を選んでくれた。あの日、王族としての覚悟を決めたキャスリーン王女はとてもお美しかった。見惚れて、目が離せませんでした。だからその……貴女様の言葉をすっかり忘れてしまって……」


くそ! 俺は何を言ってるんだ!

もっとこう……気の利いた言葉があるだろう!


こんな言い方をしたら、七歳の王女様に懸想していたと思われるだろう!


「違うんです! 初めてお会いした時は立派な王女様だと思っただけで……それから、遠くから見るキャスリーン王女はどんどんお美しくなられて……他国で噂を聞くうちにその……」


オロオロする俺に、キャスリーン王女が優しく笑いかけて下さった。近くで見ると、ますます見惚れてしまう。美しい金髪に、綺麗な緑の瞳が潤んでおられる。ビオレッタ様も美しい金髪と、綺麗な青い瞳だ。あの国王は金髪で瞳の色は……確か灰色だったな。側妃の目は赤と聞いてる。ビオレッタ様の瞳は青……まさか……いや、考えすぎだ。子どもの目の色は必ずしも親と同じとは限らない。王の側妃が不貞など、ありえん。


というか、何を考えているんだ俺は!

今は余計な事を考えるな! キャスリーン王女に集中しろ!


「クリス様、愛しています。貴方と会えて、わたくしは頑張れるようになったのです。これからは毎日、頭を撫でて下さるのでしょう? とっても嬉しいですわ。ビオレッタの頭もたくさん撫でて下さいまし」


キャスリーン王女の頭を撫でると、前と変わらない無邪気な笑みで微笑んでくれた。俺に身を預けて下さるのが、たまらなく愛おしい。


以前と違うのは、頭を撫でるだけでは済まなそうな事か……。落ち着け俺! 今手を出したら、今度こそ陛下に消される! それに、初夜もまだなら男が怖いだろう。


「クリス様、結婚するなら呼び捨てにして下さいまし。王女なんて呼ばないで。そうだわ、クリス様だけは、愛称で呼んで欲しいです!」


「で、ではキャシィでどうですか?」


「可愛い! 嬉しいですわ!」


キャスリーン王女は、民の為を想い自分の意見はほとんど仰らない。そんな噂を聞いた事がある。


そんな思慮深い王女様が、俺の前では無邪気な子どもに戻る。もう無理だ。俺は彼女を手放せない。


ジェニファー様が里帰りすると聞いてる。それまでに婚約しないと。いや、婚約者では駄目だ。俺はどうすれば今すぐキャスリーン王女……いや、キャシィと結婚出来るか頭を働かせ始めた。

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