第2話 兄と弟

人懐っこい笑みを浮かべるピーター様と、黙って頭を下げるクリス様の態度は対照的だ。


「さ、わたくしは退散するわ。ふたりとも、先ほどわたくしに話した言葉をちゃんとキャスリーンに伝えて頂戴ね」


お母様が姿を消すと、まずはピーター様が話し始めた。


「失礼を承知で申し上げます。キャスリーン様は兄を好いておられるのですか?」


ピーター様の真っ直ぐな言葉に、どう答えていいかわからない。でも、こんなに誠実に向き合おうとしている方に嘘を吐くなんてあってはならない。


「正直に言うと、分りません。わたくしは、夫に愛されませんでした。結婚式の後すぐに離宮に連れて行かれ、初夜もしていません。確かに、クリス様に憧れていたのは本当です。クリス様に会えたから、わたくしは王族としての自覚が生まれました。感謝してもしきれません。あの時クリス様が街に連れ出してくれなければ、お話をして下さらなければ……今のわたくしはいません。だけどそのせいで、クリス様とピーター様の人生を変えてしまった」


「僕は、兄を押しのけて跡取りになれてラッキーでしたよ」


「……ピーター」


「兄は優秀ですから、僕が跡取りになる可能性は限りなくゼロでした。けど、兄がキャスリーン様と出会ったから、僕は跡取りになれました」


ピーター様は、嘘が下手ですね。そんな事を仰る方が、今までご結婚されていないなんておかしいです。ご結婚なされば、ピーター様の地位は盤石になります。ピーター様が跡取りに内定したのはわたくしが結婚した頃なのだから、今まで婚約者を作らなかったのはクリス様の帰りを待っていたからではないでしょうか。だけど、そんな事を口に出しても良いのでしょうか。


ピーター様は黙って微笑んで、わたくしに花を差し出した。


「キャスリーン様、僕と結婚して下さい。陛下から話は聞いています。僕は、あの国王みたいな不誠実な真似はしません。爵位も充分で王女様が降嫁しても問題ない地位と財力があります。ビオレッタ様の事も大事にします。兄ではなく、僕を選んで下さい」


「ピーター様……」


胸がドキドキします。だけど……。


「キャスリーン王女、ピーターは優しい男です。必ず貴方様を幸せにします」


クリス様のお言葉に、涙が溢れて止まりません。ピーター様は優しく微笑むと、花束を引っ込めてしまいました。


「やはり僕では駄目なのですね」


「違う……違うんです。ピーター様はお優しくて、ビオレッタを大事にして下さって……」


「駄目ですよ。一度しか会ってない男を信用するなんて。貴女様は王女様で、僕は貴族です。貴族ですから、王家に忠誠を誓っています。キャスリーン様に優しくするのは当然なんです。僕と同じくらい誠実で、優しい貴族の当主はたくさんいますよ。だけど、規律を破り幼いキャスリーン様を救ってくれた貴族は兄だけです。兄も、ずっとキャスリーン様の事を気にしていました。結婚されたと聞いて、しばらく落ち込んでいたらしいですよ」


「ピーター!」


「父さんが僕を跡取りにするって決めたのはね、兄さんが一生結婚しないと思ったからなんだって。僕は貴族だから、政略結婚が当たり前だと思ってる。だから、兄さんは貴族を辞めようとしたんでしょう? まだうちに籍は残ってるんだから、王女様を口説く身分は充分のはずだよ」


「しかし……」


「まさかと思うけど、僕が兄さんの為に当主の座を退くと思ってる? そんな甘くないからね。勉強を辞めた兄さんと僕。当主に相応しいのは僕だよ。兄さんは、キャスリーン様を口説いて新しい家を興せばいいでしょう? 娘が大好きな陛下なら許可を出してくれるよ。それにね、僕は兄さんより弱いんだ。国の宝である王女様を守るには力が足りない。キャスリーン様、先ほど初夜をなさっていないと仰いましたね?」


「は、はい」


「兄さんも知ってるよね? あの国の評判は最悪だよ。キャスリーン様がビオレッタ様を産んでないのなら、そのうち難癖をつけてビオレッタ様を取り返しに来るかもしれない」


「ビオレッタはわたくしの子です!」


「ピーター、ビオレッタ様は正式に王家の養女になられた。もちろん母親はキャスリーン様だ。おいそれと手出し出来ない」


「常識のある国ならね。話の通じない人がトップに立つ国は危険だよ。何をしでかすか予想なんて出来ないよ。陛下が結婚を急ぐ理由が分からなかったけど、今ようやく分かった。キャスリーン様とビオレッタ様に血のつながりがないから、結婚を急ぐんだ。僕はね、キャスリーン様に好意を抱いているけど愛してはいない。愛するほど、時間を共有していないから。けど、兄さんは違うよね? キャスリーン様も、お辛いときに兄を思い出した事があるのでは? 兄と会った時の貴女様は、とてもお美しい女性の目をしておられましたよ」


「……分からないんです。自分の気持ちが……」


「急でしたからね。お察ししますよ。けど、兄が僕を勧めた時、泣いておられたでしょう? 嬉し泣きには見えませんでした。兄に別の男を勧められて、ショックだったのでは?」


「も、申し訳ありません。そんなつもりでは……!」


焦るクリス様のお姿が、過去と重なり思わずクスリと笑ってしまう。そしてようやく、自分の気持ちに気が付いた。


「今、分りました。わたくしはクリス様を愛しています。城を抜け出したあの日からずっと、クリス様に恋をしていたのでしょう。だから、ごめんなさい。ピーター様と結婚する事は出来ません。王家の我儘でピーター様を振り回してしまい、誠に申し訳ございませんでした」


「我儘ではありません。王家の望みを叶える。それが貴族の務めです。それに、僕がキャスリーン様と会ったのは二回だけですから、気にしないで下さい。両親も、結婚しないと思っていた兄が王女様を射止めれば喜びますよ。こう見えて、僕は結構モテるんです。だから、安心して下さい。それじゃ兄さん。ちゃんと王妃様の命令を遂行してね」


そう言って、ピーター様は花束を抱えて庭園を後にした。

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