第6話 父と兄
「で、わざわざクリスを家に帰したのか」
「ええ。今頃鉢合わせしてるでしょう。ピーターに説明しておきましたから、キャスリーンは喜ぶでしょう」
「私はピーターを選んだのに、勝手なことをしおって」
「父上、いい加減クリスを認めて下さいよ。キャスリーンを街に連れ出したのは、キャスリーンが我儘を言ったからです。クリスは真面目で優しい男です。キャスリーンだって、クリスの事を忘れていないのでしょう?」
「……おそらくな。結婚相手は騎士でもいいかと聞いたんだ。そうしたら、悲しそうに微笑んで好きな人などいない。そう言った」
「クリスは平民のふりをしていましたからね。行方が分からなくて諦めたのでしょう」
「騎士はたくさんいる。キャスリーンが好いている騎士がクリスとは限らんだろう」
「はっきりさせる為に再会させたんですよ。キャスリーンがクリスの事をなんとも思ってなければ、予定通りピーターと婚姻させれば良いでしょう。ピーターにも、キャスリーンが気に入ったら兄の事など気にせず口説けと伝えてあります。私は相手がピーターでも構いません。キャスリーンが幸せであればそれで良いんです。あの子は表向きは再婚だけど、実際は心も身体も初婚と変わりません。国外には出せない」
「再婚となれば、よほどキャスリーンが気に入られないと正妃になれぬだろうからな。側妃なら、引く手数多だが……」
「再婚で、側妃となれば大事にされない可能性もある。それに、ビオレッタを置いていかねばならなくなる。キャスリーンがあれだけ必死で守った子です。血が繋がっていなくても、我らの家族だ。親子が離れ離れにならぬように、他国から打診がある前に早くキャスリーンを結婚させた方がいいと思います」
「分かっておる。ジェニファーが来月来る。その前にキャスリーンの婚約をまとめておきたい。帝国の王子の側妃を打診されたら、断るのは大変だからな。全く、こんな事ならキャスリーンを外に出さなければ良かった」
「父上、それは今更ですよ。仕方ないでしょう。政略結婚は王族の務めなんですから」
「分かってる。けど……娘の幸せを望んで何が悪い。大体、政略結婚だからこそ大事にするものではないのか! あれほど立派な国王の息子なら安心だと……そう思ったのに!」
「やはり、見つかるリスクを承知で密偵を送り込むべきでしたね」
「……何もかもが今更だ。私が甘かった。キャスリーンなら、困ったら教えてくれると思っていた。だが、あの子は予想以上に責任感が強くて……」
「侍女達がいれば、別だったのでしょうけどね」
「解雇した上、国外に出れないようにしているとはな。見張りを付けていない辺りは甘いが、我が国が連れて来た侍女を即解雇するとは……ずいぶん舐めてくれたものだ」
「全くです。キャスリーンと結婚する前からあの女と関係があったというではありませんか」
「劇団の女優だったな。見目は良かったが品がなかったよ。側妃にする為に貴族にしたらしい。派手好きで、うちの援助で宝石やドレスを買い漁っていたらしい。金は全て返ってきた。あの男が返すとは思えんから、おそらく宰相辺りが動いたんだろう」
「側近は優秀ですね。返さなかったら、訴えられたんですけどねぇ。残念です」
「そのかわり、金が無いのか警備が甘い。密偵は送り放題だ。そうそう、面白い事が分かった。あれだけ毎日のように盛っている割に、まだ次の子ができる気配はないらしい」
「キャスリーンが帰ってきて、まだ半年ですよ」
「……確かにそうだが、ビオレッタはあの男の特徴がひとつもない。そう思わないか?」
「まぁ、確かに……」
「女優をしていた頃は、パトロンから劇団仲間まで、ずいぶん多くの男と遊んでいたようだ。過去の男と縁が切れていないのかもしれん」
「キャスリーンと違って、あの女には品がない。街に溶け込むのも簡単でしょう。使用人は外出時でもあまり付き従っていなかったようですし……密会する隙はあったでしょうね。ビオレッタの父親も、誰なのか怪しいものですね」
「ビオレッタの父親については、しばらくキャスリーンの耳に入らないようにしておこう。これ以上、悩みを増やしたくない」
「そうですね。せめて、キャスリーンが幸せを掴むまでは、黙って見守りましょう。ビオレッタの養子縁組は済んでいます。ビオレッタがどこの生まれだろうと、ビオレッタはキャスリーンの子です」
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