第5話 約束
「キャスリーン王女、お茶が入りました」
「あ、ありがとうございます……」
どうしましょう。何を話して良いか分かりません。
「ピーターはどうでしたか?」
「優しい方でした。ビオレッタを可愛がって下さいましたわ」
「良かった。自慢の弟なんです。ピーターは昔から優秀で、とても優しい男です。絶対に、キャスリーン王女を大切にします」
「……そう、ですね」
分かってる。今日初めて会ったけど、ピーター様はお優しい方だ。ビオレッタも懐いてるし、彼と結婚すれば幸せになれるだろう。
「キャスリーン王女? どうされました?」
「……いえ、なにも。クリス様は変わりませんわね。以前わたくしを叱って下さった時のままです」
「あの時は、失礼しました」
クリス様と出会ったのは、わたくしが七歳の時だったわ。まだ王族の義務を理解しきれていなかったわたくしは、護衛を撒いて城を抜け出そうとした。その時、騎士見習いだったクリス様がわたくしを見つけ出してくれた。
あの時のクリス様は、確かまだ十二、三歳だったはず。我儘を言って帰らないと泣いたわたくしの為に、少しだけ街を案内してくれた。
自分は平民だからと、名前しか教えてくれなかった。まさか……侯爵家の方だったなんて。
あれから何度もクリス様を探したけど、見つからなかった。
もしかしたら、わたくしのせいで職を追われたのじゃないかと不安で不安でたまらなかった。だからせめて……クリス様との約束を果たそうと思って生きてきた。
わたくしは王族。生まれを変える事は出来ない。だから、務めを果たそうと……。
「キャスリーン王女?」
「……なんでもありません。なんだか懐かしくて。わたくし、立派な淑女になれたでしょうか?」
「とても、ご立派になられました」
「良かった。あの時叱られた甲斐がありましたわね」
「……その、あの時は大変無礼な口を……!」
「良いんです。本当の事でしたもの。街で見かけた男の子の口調を真似したら、クリス様がとっても怖いお顔をなさっていたわ」
クスクス笑うと、クリス様が大きな身体を縮こまらせて頭を下げる。その仕草がなんだか可笑しくて、声を出して笑った。
「こんなふうに笑うなんて、はしたないかしら」
「使用人は声が聞こえない位置に下がらせています。聞いているのは私だけだ。だから、思う存分笑って下さい」
「あの時と、同じ事を仰るのね」
「あの時……?」
「ええ。泣いていたわたくしに、自分以外は誰もいないから思いっきり泣けばいいと言ってくれましたわ」
理由は忘れてしまったけれど、きっと毎日のお勉強が嫌だったのでしょうね。クリス様は泣いているわたくしの話を根気強く聞いて下さいました。
大丈夫、大丈夫だと何度も励ましてくれました。
クリス様と過ごした時間は、僅か数時間。でも、わたくしにとってはとても大切な数時間でした。
あれから、少しだけわたくしの世界は変わりました。教師の話を、真剣に聞くようになりました。遊んでいた時間も、勉強するようになりました。
いつかクリス様に会えたら、立派になったと言って欲しかった。その夢は、たった今叶いました。
好きな男がいるなら、言いなさい。お父様はそう仰ったけど……クリス様が好きかどうか、分からない。憧れてはいた。侯爵家の方だと知って、少しだけ嬉しかった。
だけど、わたくしが紹介されたのはピーター様だ。
お父様が選んだのは、クリス様じゃない。もしかしたら、もうクリス様はご結婚なさっているのかもしれない。
「まっまー! きゃあう!」
ビオレッタが、ピーター様に手を引かれて帰って来た。手には、見た事がない花を持っている。とっても楽しそうに、笑っている。
「ピーターは、子どもが好きなんです。きっと、いい父親になると思いますよ」
クリス様の笑顔が眩しくて、なぜだか胸がチクリと痛んだ。
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