第7話 迷い

「キャスリーン、ピーターはどうだった?」


「とってもお優しい方でしたわ。花と髪飾りと、ビオレッタに積み木を頂きました」


ビオレッタは、早速ピーター様が下さった積み木で遊んでいる。王族としての教育が本格的に始まるのは六歳か七歳くらいから。わたくしは、末っ子で甘やかされていたから、本格的に教育が始まったのは七歳だった。急激に環境が変わって、最初の頃はよく泣いていた。


ビオレッタはそうならないように、小さな頃から王族の義務を伝えていくつもりだ。


もし、ビオレッタがどうしても王族の暮らしに馴染めなければ……っと、今そんな事を考えても仕方ないわ。


わたくしは母として、ビオレッタを守る方法を考えないと。


「来月、ジェニファーが来る。即位の報告と言っているがそれだけではあるまい」


お父様の声に、緊張が混ざっている。……そういう、事か。


「お父様、わたくしはどうなりますか?」


ビオレッタと、離れたくない。


「早急に婚約者を決める。キャスリーンを国外に出すつもりはない」


「良いのですか? わたくしが帝国の王族に側妃として嫁げば、更に関係は強固になります」


帝国は、多くの王子がいる。わたくしと歳が近いのは第三王子か第四王子。今は王弟になるわね。どちらも何人か妃がいる。わたくしは再婚になるから、側妃の中でも地位が低くなるだろう。でも、多くの妃がいても王子の目に留まればのし上がれる。


お姉様は帝国の王妃。うまくやれば、我が国との同盟関係は更に強固になる。だけど……ビオレッタは連れて行けない。


「キャスリーンを外に出すつもりはない。しかし、ジェニファーは王族なのだから、王族と結婚する方が良いと思っている。おそらく相手はビクター様だ。キャスリーンは何度か話した事があるだろう?」


「ええ。お妃様を大切にするとてもお優しい方でしたわ」


でも、あれだけ大きな国なら側妃は必要。お姉様は正妃で五人の子を産んでいるから地位は盤石だけど、二十人もいる側妃の管理は大変だと仰っていたわ。


わたくしは、管理される側になる。ビクター様は、お姉様が弟のように可愛がっているお方。きっと、悪いようにはならない。


「キャスリーンは、どうしたい? 全てを叶える事はできないが、希望があれば言え。クリスと会ったのだろう?」


「……どうして、それを」


「そんな顔をするという事は、やはりキャスリーンはクリスを好いていたのか? クリスを家に帰したのは、フィリップだ。クリスは独身で婚約者もいない。キャスリーンと結婚する事は出来るぞ」


「……それ、は」


久しぶりに会ったクリス様は、以前と変わらない優しい笑みを浮かべておられた。だけど……わたくしは彼に女性として見られてはいないだろう。


今婚約者がおられなくても、好いている女性や意中の女性がいるかもしれない。それに、わたくしがクリス様と結婚すれば……ピーター様の立場は難しくなる。


長子が後を継ぐ事が多い中、跡取りとして努力したピーター様は凄い。わたくしの我儘で、大切な貴族の家を引っ掻き回したくはない。


だけど……クリス様とはもう会えないと思っていたのに。平民だと思っていたのに……!


ずっと王族として正しくあろうと生きてきた。頑張れたのは、クリス様に出会えたからなのにっ……。


「ピーターはキャスリーンの宮に出入りできるように手配した。目立たず話が出来るだろう。フィリップを訪ねれば、クリスに会える。クリスは帰国したばかりだから、他国の情報を聞きたいと言えば公式に訪問しても問題ない。ピーターもクリスも、人柄も忠誠心もある男だ。ビオレッタの生まれを話しても構わない。一週間やる。キャスリーンがどうしたいか、決めなさい」


「自分で……決めるのですか?」


「お相手がいることだからな。キャスリーンが振られるかもしれんぞ」


お父様が、にっこり笑う。


「確かに、そうですね」


「それならそれで諦めがつくだろう。キャスリーンは王女だ。自由はない。だが、私は娘を愛している。幸せになって欲しいんだ。もし、クリスやピーター以外の男が良いなら言いなさい。色々考えて我慢しなくて良い。今回だけは、昔のように我儘になってくれ」


お父様に、自由にして良いと言われたのは初めての事だった。

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