第10話 離婚完了
「あう、あーう」
「きゃあ! ビオレッタ可愛いわ!」
「馬車はゆっくり走らせる。この国を出るまで、皆まとまって動く。手を出させたりはせん」
生誕祝いが終わったらほとんどの国が城に泊まらずすぐに出国する事になった。宰相が引き留めたが、断られた。仲の良い国同士はまとまって出国する。大行列だ。その列のど真ん中に、我々はいる。お母様は、親しい王族の方と別の馬車に乗っている。
王族が予定外の馬車に乗るのに、あまりに手際が良すぎる。
「ねぇお父様?」
「なんだ?」
「いつからわたくしが冷遇されていたと知っていたの?」
この用意周到さ。きっと、お父様はわたくしを救い出すおつもりだったんだわ。
「キャスリーンが倒れた事があったろう? おかしいと思って調査を開始したんだ。そしたら、キャスリーンに付けた者達が解雇されていたと知ってな」
「あの子達、無事だったの?」
「ああ、全員探して保護した。またうちで働いている」
「そうなのね! 心配していたの。良かったわ!」
「全員、キャスリーンの帰りを待っている。待ちきれずついてこようとしたが、面が割れているので置いてきた」
ビオレッタと遊んでいたマリーにお父様が声をかけた。
「マリー、だったな。改めて雇用契約を結ぼう。キャスリーンが雇い主になるのだろう?」
「ええ。費用はわたくしの私財から出すわ。わたくしは、キャスリーン・オブ・モーレイよ。改めてよろしくね。マリー。ねぇ、わたくしはお父様の姓で良いわよね?」
「もちろんだ。ビオレッタの養子縁組も行おう。表向きは、キャスリーンの子なのだろう?」
「……お父様……そこまで知ってたの……?」
「ああ。助けるのが遅くなってすまなかった。ビオレッタの生誕祝いをするように言ったのは私なんだ。あの男、育児に金がいると言ってきたからな。それなら孫を見せろと返事をしたんだよ。お披露目をすれば、あの男はキャスリーンを表舞台に呼ぶと思っていた。皆に協力して貰い、キャスリーンを連れて帰るつもりだった。ビオレッタは……」
「い、嫌よ! わたくしはビオレッタと離れたくないわ!」
「憎い男と女の子どもでもか?」
「別に、あの人を憎んでないわ。馬鹿な夫を引き取って頂いて、可愛いビオレッタを預けてくれたんだから。こんなに可愛い子を育てる権利を譲ってくれたのよ。感謝してるわ」
「脅してただろうが」
「ビオレッタを取ろうとするからよ。一年も顔すら見に来なかったんだから、今更自分の子だと訴えても遅いわ。どうしても会えない事情があるならともかく、そんなものはあの人達にないでしょう? 何度も様子を見に来るチャンスはあった筈よ。ねぇマリー」
「国王陛下も、側妃様も一度もビオレッタ様をお訪ねになりませんでした。ビオレッタ様がお亡くなりになればキャスリーン様を処刑して正妃を変えると仰っておられましたわ。だから、宰相様の注意がそれた隙にわたくしを解雇したそうです。キャスリーン様一人なら育児は出来ないだろうと……とんでもない人達です! キャスリーン様は、ビオレッタ様をとてもとても慈しんでおられるのに……!」
マリーが怒ると、お父様が優しく笑った。
「良い乳母だな」
「でしょう? マリーの為にも、乳母を増やして下さいませ」
「分かった。急いで手配する。それとは別に、我が愛しい娘を愚弄した罪はしっかり償って貰おう。処刑しようと企んだ事も分かっている。証拠がないから訴えるにはもう少し準備がいるが……縁は切れたからな。せっかくだ、キャスリーンが指揮を取れ」
「あ、あの……どうか、市民に被害が……」
「何か言ったか?」
「差し出がましい事を言って、申し訳ありませんっ!」
マリーが頭を下げる。もう、大事な乳母に刺激を与えないで欲しいわ。
「マリー、安心して。お父様は、民に被害が出るような事はなさいませんわ。わたくしを取り戻す為にこれだけ手の込んだ事をなさるのですもの。密かに連れて帰る事も、戦争を仕掛ける事もできましたものね。お父様はわたくしを見守っていたのでしょう?」
たまに感じていた視線は、お父様の手配した影だったのだろう。気配を察知させたのはおそらくわざと。安心させようとしてくれたんだと思う。わたくしは、見張りだと勘違いしていたけどね。
「そうだ。本当は早く助けたかったが、準備に時間がかかってな。五年間もすまなかった……」
お父様が気まずそうに下を向く。
気配を感じるようになったのはビオレッタを預かる少し前。思い返せば、辛かったけど手を出されたりはしなかった。たくさん援助をしてくれたのは、わたくしを守る為だったのだろう。
「かまいませんわ。危険があれば助けて下さるおつもりだったのでしょう? すぐに助けて頂かなくて良かったですわ。可愛いビオレッタと会えましたもの」
「まっま。あーう」
無邪気に笑うビオレッタに癒されながら、懐かしい場所へ帰る。これからしっかりと、ビオレッタを育てていかないと。
血のつながった父と母が余計な手出しをしないように、わたくし自身も力をつける必要があるわ。
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