第9話 おめでとう、正妃様

会場に戻ると、夫が側妃といちゃついていた。お父様は笑顔だけど、アレは相当怒ってるわね。側妃が着てるドレスはわたくしの物だわ。やっぱり取られたのね。


良いわ。あげる。


夫も、ドレスも、正妃の地位も。

だけど、ビオレッタは渡さない。


今だけは夢を見させてあげる。でないと、わたくしが自由になれないもの。お父様と目が合う。お母様がビオレッタを抱きしめる。


親しい王族の方々が、優雅に微笑む。


マリーが、ビオレッタに付いてくれている。


もうあんな男に怯える必要はないわ。


「初めまして。側妃様。とてもお美しいですわ」


「はぁ?! 初めまして?!」


「お、おい! 黙れ!」


うふふー、マイナスからのスタートね。ほんと、下品な女だわ。こんな女が王妃になる国は大変ねぇ。宰相が青ざめてるけど、知らないわ。せいぜい頑張ってね。


「国王陛下。わたくし考えましたの! 国王陛下は、美しい側妃様が大好きでいらっしゃるでしょう? わたくしも、ビオレッタを産んでからは忙しくてあまりお相手できておりませんし……正妃の地位を、側妃様にお譲りしようと思いまして」


「ほう」


「え、やった! やっぱあたしの方が王妃に相応しいわよねっ!」


「幸い、ここには多くの王族がおられます。証人になって頂きましょう。宰相様、書類の準備を」


「……いや……しかし……王妃様は……」


「なにか文句があるのか宰相! 王命だ! 王妃を変える!」


「まぁ、王命を出すなんて男らしいわ。さすが国王陛下」


「書類は、これでどうだ?」


宰相がいない間にお父様が用意してくれた書類は、完璧だった。正妃としての婚姻届は神殿に提出する。提出はお父様が請け負い、神殿から各国に通知がいく。


証人の欄は五箇所もある。お父様と、元妻となるわたくしのサインをすれば認められない事は絶対にない。追い詰める気満々ね。


それに、わたくしと国王の離婚届と、ビオレッタはわたくしが引き取ると書かれている書類も用意された。


婚姻届は、あっさり記載してくれた。証人は、お父様や他国の王族の皆様。よし、これで第一段階は終了。


さて、上手く転がして離婚届を書かせないとね。


「国王陛下! 正妃様を変えるなんて出来ません!」


宰相は、必死で止めようとしてるけど……無視されてるわ。いつもこんな感じなのかもしれないわね。ちょっと宰相が可哀想になってきたわ。


ま、攻撃の手を緩める気はないけどね。


「出来るわ。わたくしと陛下が離縁すれば良いの。ね、側妃様も正妃になりたいでしょう?」


「ええ、もちろん。話が分かるわね」


「離婚か……」


夫は考え込んでるけど、側妃様はノリノリね。なら、側妃様にも離婚届の証人になってもらいましょう。その勢いで、ビオレッタを手放す書類にもサインさせた。内容も読まずサインするのは良くないと思うわ。


さ、あとはこの男が離婚届にサインするだけ。わたくしと離婚したくないのではない。お父様の援助がなくなるのが困るだけ。


そろそろ、次のカードを切りましょう。


「お父様、わたくし離婚したら久しぶりにお姉様に会いたいですわ! 帝国に行くのはビオレッタが幼いから無理かしら?」


「来月、里帰りする予定だ。ゆっくり話すと良い。育児で相談したい事もあるだろう?」


「まぁ嬉しいわ。お姉様に悩みを相談したいの」


「わあああ!!!!」


突然、国王陛下が大声を上げた。目に涙を浮かべて、震え出す。


あらぁ、ようやく気がついた?


わたくしの後ろに、誰がいるのか。


わたくしを殴って気絶させた国王陛下が蛇に睨まれた蛙みたいなお顔をなさっているわ。ふふ、なんだかおかしいわ。


「ねぇ、早くわたくしを王妃にしてよぉ」


ちゃんとこの男を押し付けてあげるから待っていて下さいまし。


「婚姻届は書いて頂きましたけど、このままじゃ二人は本当のご夫婦になれないわ。わたくしと離婚しましょう。ね、国王陛下」


「そ……それは……!」


ここまでの事をしておいて、わたくしと夫婦でいられると思ったの? いっそ思いっきり脅そうかと思ったけど、あまり刺激するとビオレッタを盾にされるわね。ごめんなさいビオレッタ、少しだけあなたのことを利用させてもらうわ。


「ビオレッタはわたくしが連れて帰ります」


「えー! アタシの子なの……」


「わぁぁあ!!!」


国王陛下が慌てて側妃の口を塞ぐ。そうよねー、側妃の子をわたくしに押し付けたなんて知られたら……どうなるか、分かるわよね?


「ねぇ、国王陛下。わたくし、陛下が黙って側妃を娶った事は許しますわ。ビオレッタさえいれば良いの。わたくしと離婚して下さるわよね? 愛する側妃様と幸せになって。側妃様、わたくしは身を引きますからお幸せに。ビオレッタだけは、連れて帰ります。良いですわよね?」


「認めないなら、貴女のドレスがわたくしの物だとバラすわよ。大丈夫。ビオレッタを連れて行けるなら、わたくしの物は全て差し上げますわ」


側妃を小声で脅すと、真っ赤な顔でわたくしを殴ろうとしてきた。けど、宰相が代わりに殴られたわ。


「国王陛下。今すぐサインを」


「宰相……」


「これ以上恥を広げないで下さい」


お、怯んだわね。じゃあ、もう少し後押ししてあげる。


「ビオレッタをわたくしが連れて行くのだから、縁は切れませんわ。ね、わたくしはビオレッタがいれば良いの。今までと何も変わらないわ」


今までと変わらないとの言葉に、ニヤリと笑った夫。そうそう、お父様の援助がこれからもあると勘違いしてちょうだい。慌てた宰相を睨んで、黙らせる。


「わたくしの望みのままにと言ったのは、誰?」


宰相が慌てて、書類にサインさせる。これでようやく、馬鹿国王と縁が切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る