第2話 いきなり育児を押し付けられました


「コレは、お前の子として責任持って育てろ。名前はビオレッタだ」


顔すら忘れかけていた夫が、赤ん坊を連れて来た。見知らぬ派手な女が、おとなしそうな女の人が抱いている赤ん坊を押し付けてきた。


顔も知らない者達が、ベビーベッドやおむつ、着替えなどをドサドサと置いて行く。


「わたくしの子よ。大事になさい。可哀想な正妃様に子育ての喜びを教えてあげる。大事にしなきゃ、アンタは処刑されるわよ。きゃはは。ね、頑張ってねぇ。睡眠も取れないって聞くけど、なんとかなるわよ。ああそうだ。乳母だけは、つけてあげる。あなた、お乳でないものねー。あはは」


「……あなたは?」


「あたし? あたしは、王妃よ」


王妃は、わたくしですけど?

夫は愛しそうに下品な女の腰を抱いて、わたくしを睨みつける。


「こんな女に名乗る必要はない。さ、行くぞ」


夫は妖艶な美女とベタベタしながら去って行った。


「もう、まだお医者様に止められてるの。だからダーメ」


気持ち悪い声ね。わたくしに触れもしないのに、あの女とせっせと子作りしていたのね。


そして、生まれた子をわたくしに預けて……いちゃつく……。


何考えてんだよ、あの馬鹿ども!


っと、いけない。こんな言葉遣いは……あの人に叱られてしまうわ。


わたくしの怒りを察したのか、無理矢理押し付けられた赤ん坊が泣く。


もう!

こんなに小さな子、どうして良いか分からないわ!


戸惑っていると、乳母が口を開いた。


「頭を……支えて下さい。王女様はまだ首が座っておられません」


「首? 首ってなに?!」


「王妃様、失礼致します」


乳母は手際良く赤ん坊をあやしてくれた。乳もあげて、おむつの世話も、沐浴もしてくれた。


わたくしはなにをして良いか分からなかった。テキパキ動く乳母を助ける事も出来ない。なにか出来ることはないか考えて……乳母の食事を作った。


「……これは?」


「わたくしが作ったの。あなた、ずっと立ちっぱなしで疲れたでしょ?」


「ありがとうございます」


結婚して初めて、笑ってくれる人と出会えた。

それから穏やかな日々が訪れたわ。


「助けてマリー! おむつも変えたし、沐浴もしたの! でも、泣き止まないの! 絶対お腹が減ってるんだわ!」


「王妃様。一時間前に乳をあげたばかりでございますよ」


「そういえばそうだったわ! ビオレッタ、寂しかったのね。お散歩しましょ。ねぇ、少し外に出ても大丈夫?」


「ええ、本日は大丈夫です。離宮を出なければ問題ありませんわ」


夫から赤ん坊の世話を押し付けられて一年が経過した。最初は乳母のマリーに任せきりだったお世話も、だいぶ様になってきた。


「……ねぇ、マリー。離乳食が三食になった事はバレてる?」


ビオレッタの泣き声が大きな今のうちに、こっそりマリーに聞く。もちろん、口元は上手く隠す。唇さえ読まれなければ、ビオレッタの世話を習っているようにしか見えない。


実は、授乳はほとんど必要なくなってきている。たまに飲むけど、僅かだ。もう完全に離乳させても問題ないと育児書には書いてあったし、マリーもそう言ってた。


「おそらくは。そろそろわたくしは解雇されてしまうかもしれませんわ」


マリーとは、ビオレッタの世話をするうちに親しくなった。最初はわたくしがビオレッタを傷つけると思って警戒心丸出しだったマリーも、ビオレッタにメロメロなわたくしを見て警戒心を解いてくれた。


だって、ビオレッタは可愛いのよ!

大きなお目目、小さな手、可愛らしいお口、鈴の鳴くような美しい声。泣き声すら可愛らしいわ。ビオレッタの全てが愛おしくてたまらない。


本当なら一緒にお風呂に入りたい。けど、離宮には入浴できる施設がないの。わたくしは水で身体を清めているわ。自慢だった艶やかな髪もすっかり傷んでしまった。マリーは通いだから、彼女がビオレッタを見てくれる間に身体を清めている。


汚い手や身体でビオレッタに触れるなんて許されないものね。


っと、わたくしの事は良いわ。問題はビオレッタよ!


ビオレッタはこんなに可憐で可愛いのに、すっかり小さくなったベビーバスしか使えないなんて!

お湯を用意するのも一苦労なのよ!


それに、ビオレッタはもうすぐ一歳。

王女の誕生祝いぐらいしろよ馬鹿国王!

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