愛された側妃と、愛されなかった正妃

みどり

第一章 離婚

第1話 形だけの結婚式

「はい、誓います」


愛を誓った筈の夫は、一度も寝室に来ない。

夫になる人と初めて会ったのは、結婚式だった。彼は人がいる時は笑顔だけど、わたくしと二人きりになると一言も喋らずため息ばかり吐く。初夜も拒否された。


「幸せになるのよ」


そう言った両親に自由に手紙を書く事も許されない。だってわたくしは、離宮に閉じ込められているんだもの。


父や母が訪問する時だけ、夫はわたくしの前に姿を現す。そして、優しい良い夫を演じる。ずっと見張っているから、助けを求める事もできない。


一度助けを求めようとしたら、腹を殴られ気絶した。両親から優しい夫で良かったと手紙が来たから、上手く誤魔化したのだろう。


それきり、諦めてしまった。


わたくしはずっと、この離宮から出る事は許されないんだわ。連れてきた使用人達は、いつの間にか解雇されてしまった。


代わりに来た使用人達は、わたくしの世話などしない。わたくしを見張り、外に出さないよう常に誰かがくっついているだけ。


あとは、噂話ばかりしていたわ。情報が欲しくて噂話に耳を傾けたけど、あまりに中身のない会話で呆れてしまった。


けど、わたくしから目を離してはくれないのよね。実は一度だけ脱出しようとした事がある。その時は使用人を三倍に増やして見張られたわ。


だから、完全に諦めた。


夫の指示に従い、決して離宮から出なかった。お喋りな使用人は少しずつ減って……いつしか、わたくしに付く使用人は誰もいなくなった。コックすらいないので、自分で料理をするようになった。


幸い、食べ物や生活物資は定期的に届く。流石に飢え死にはまずいものね。


逃げたいと思った事もあるわ。


だけど、たまに視線を感じるのだ。きっと、見張られているんだと思う。わたくしが一度でも離宮から出ようとすれば、またあの使用人地獄の始まりだ。そして二度と、一人になれる事はないだろう。


だから、気にせず一人で過ごす。

幸いドレスやアクセサリーは取られたけど他の荷物は取られなかった。父や母が心配して用意してくれた多くの本は、育児書もたくさんあったわ。けど、わたくしが子を産む日は来ないでしょうね。なにせ、初夜もまだなんだもの。


本を読み、料理をして、洗濯や掃除も自分でやる。


父や母が使用人の為に持たせた家事の本があって助かったわ。おかげで、何もした事のないわたくしもなんとかここで生きていける。


たまに、父や母から手紙が来る。

塗りつぶされていたり、切り取られていたりするのは都合の悪い事が書かれているのだろう。


わたくしは、幸せです。優しい国王陛下と楽しく暮らしています。


毎回、嘘の手紙を書く。そうしないと、怖い顔をした夫が怒鳴り込みに来るのだ。


正直、顔も見たくない。


見るだけで吐き気がすると毎回怒鳴られるけど、その言葉、そっくりそのままお返しするわ。


夫への愛は、消えた。いえ、生まれてすらいないわ。


離縁して国に帰りたい。何度もそう思った。けど、この結婚は政略結婚。わたくしの一存で別れる事など出来ない。


だから、耐えるしかない。それが王族の務めだ。そう、思っていた。


あの愛しい子と出会うまでは……。

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