第10話 『腰の飾り』

 月日は経ち、季節は巡る。

 半袖で十分だった季節は終わり、長袖が必要な本格的な冬が訪れたのだ。

 今日のバーレルの街は記録的な大雪だ。


 それはそうと、アリスのお腹はかなり大きくなっていた。



 ――――



 フリードベルク家の広間、暖炉の前にて。

 ロッキングチェアに座っているアリスのお腹をグレイシャルは触っていた。


「……」


「どう? なにか聞こえた?」


 アリスのお腹に耳を当てるグレイシャル。

 妹をなんとかして感じようとしているのだ。


「……」


「ふふふ。もしかしたら恥ずかしがり屋さんなのかもしれないわね」


 アリスはお腹とグレイシャルの頭を撫でながら、お腹の子に向かって話しかける。


「大丈夫よ。怖い人じゃなくて、優しいお兄ちゃんだから。とっても頼りになるのよ?」


 聞こえてはいないだろうが語りかける。

 以前、母が言っていた。

 優しい言葉や美しい言葉をかけると、産まれてくる子供は優しい良い子になると。


 偶然か必然か、お腹の中の子はアリスの声に応えお腹を蹴った。

 耳を当てていたグレイシャルはそれに驚き飛び退く。


「わ! お、おかあさん! いま、うごいたよ!」


「えぇ、お母さんのお腹蹴ったわね。たぶん、グレイが優しいお兄ちゃんだってわかったのよ」


 アリスはグレイシャルに微笑んだ。


「ねえ、おかあさん」


「なに?」


「あかちゃんのなまえ、なに?」


「まだ決めてないのよねえ。良い名前が思いつかないの」


 アリスは溜息を付き、肘掛けで頬杖をついた。


「ぼくのときは、どうやってきめたの?」


「グレイの時はね、お父さんが決めてくれたのよ。オルド王国にある氷牢山グレイシャルっていう、とてもすごい山から取ったの」


「そうなんだ! かっこいい!」


 自分の名前の由来を知ったのが嬉しかったのか、グレイシャルは喜んでいる。

 これだけで喜んでくれるのだ。

 5歳の誕生日の時はどうなってしまうのだろうと、アリスはグレイシャルを見ながら考えていた。


「アリス様、グレイシャル様。晩ご飯の用意が出来ましたので、どうぞこちらに。カール様が待っています」


 会話が上手く途切れたのを見計らい、サレナが二人に声をかける。

 グレイシャルが驚いて飛び退いた時には二人の後ろに居たのだが、親子の時間を邪魔する訳にもいかないので、後ろから見守っていたのだ。


「ごはんだー! されなさん、きょうはなーに?」


「今日は野ウサギとキノコのシチューです」


「よかったわねグレイ。サレナのシチュー、好きだもんね」


「うん! だいすき!」


 グレイシャルは当然の様にサレナと手を繋ぐ。

 そして、今日はアリスも居るのでアリスとも手を繋ぐ。

 両手で二人と手を繋ぎ、シチューと連呼しながらスキップする姿はとても可愛らしいものだった。



 ――――



 食堂まであともう少しという所で、グレイシャルはあることに気づいた。


「ごめん、ちょっとわすれものしちゃった」


「何を忘れたんですか?」


「ほん! どうぶつの」


「あぁ、図鑑のことね。ご飯冷めちゃうから、早く取って来なさいグレイ」


「うん!」


 二人から手を離し、廊下を全速力で走る。


 グレイシャルは最近、動物の図鑑を見る事にハマっていた。

 と言うのも、ここ最近の寒さで中々外に出ることが出来なかったからだ。


 出たければ出ればいいのだが、寒いと温かい所に篭ってしまうのが人間。

 しかし、自分の知識欲を満たすにはどうすれいいか考えたグレイシャルは、サレナと一緒にカールの地下倉庫のを漁った。そこで入手したのが、魔術師向けの動物図鑑だった。


 普通の図鑑と違い、この図鑑には魔道具の材料となる動物の名前や特性などが記されているのだ。 

 内容の半分以上はグレイシャルには理解出来なかったが、それでも面白いものには変わりなかった。


「あった! あかちゃんがきになって、ゆかにおいてたんだな」


 広間に着いたグレイシャルは床に放り出されていた図鑑を取り、急いで二人の所に戻る。


「もどったよ! おかあ――」


 そうして彼が階段を駆け上がってサレナとアリスに追いついたその時。


「え――」


 突然のことだった。


「おかあさん?」


 理解が追いつかなかった。

 図鑑を取りに戻ったら食堂のドアの前で、アリスが倒れていたのだ。


「アリス! 大丈夫か!? おい、しっかりしろ!」


「アリス様、どうなされたのですか!?」


 カールとサレナがアリスに寄り添い、必死に呼びかけていた。

 アリスはうめき声を上げながら、カールとサレナの裾を握りしめて何かを伝えようとしている。


 すかさずグレイシャルも駆け寄り、自らの母に声をかけた。


「おかあさん! ねえ、おかあさん! だいじょうぶ!?」


 アリスは深く深呼吸をしてからカールの方を見て、ゆっくりと伝える。


「う――」


「「「う?」」」


「うま……れる!」



 ――――



 アリスの口から出た一言によって、フリードベルク家は一瞬にしてパニックに陥った。

 料理のことなどすっかり忘れ、口を手で抑えてグレイシャルとカールは、


「「あわ、あわわわわ……」」


 などと、意味不明な声を出している。

 唯一冷静なサレナはアリスの脈拍を測り、体温を確認した。

 それだけでなく他の使用人に声をかけ、毛布や水・清潔なタオルなどを大量に持ってくるように指示まで出していた。


「いつまでバカみたいなことしているつもりですか、グレイシャル様、カール様。さあ、アリス様を部屋まで運びますよ」


「へ、部屋まで運ぶ!? ちょちょちょ、ちょっと待ってくれサレナ。もしかして、ここで産むのかい!?」


 サレナは深く溜息を付き、カールを睨み大声を出した。


「当たり前でしょう! 今から教会にどうやって行くというのですか! 窓の外を見て下さい、この積り具合ですよ!? 教会に着く頃には、アリス様の身体は冷え切ってしまいます! さあ、早くアリス様を抱えて下さい!」


 サレナはカールに大声で指示を出し、部屋まで運ばせた。


 そうして彼女をアリスの部屋に運んだ二人。

 カールはベッドで横たわるアリスを静かに見ていたがその実、突然のことで冷静さを失っていた。


 グレイシャルの出産の時はどうだったのかと言うと、その時はアリスが早朝に破水して陣痛も始まっていなかったので、冷静に対処することが出来た。


 しかし今回は何の予兆もなく突然アリスが倒れたのだ。

 以前はこうだったからと、勝手に今回もそうなるだろうと思っていたのが仇となった。


 グレイシャルはと言うとカールよりかは幾分か冷静だった。


「されなさん! きょうかいにいって、りりえるとさりーと、おじいちゃんよんできたほうがいい!?」


「そうですね。リリエルちゃんとわんちゃんはどちらでも良いですが、急いでホルム大司教を呼んで来て下さい。いいですね?」


「わかった! おとうさん、いこ!!」


 グレイシャルはカールの服を思いっきり引っ張る。

 カールはそれに遅れて反応を示した。


「あ、ああ……! 行こう!」


 自分の両頬を叩き、気持ちをリセットする。


 カールはしゃがみ、グレイシャルに背中に乗るように言った。

 グレイシャルはそれに従いカールの背中に乗りしがみつく。


「じゃあ行ってくるよ! アリスをよろしく!」


 雪が積もっているので正面玄関から出ることは恐らく出来ないだろうとカールは考えた。

 なぜなら使用人に「雪かきは今日はしなくて良い」と言っておいたからだ。


「まったくもう……。こんなことなら雪かき頼んどくんだった……」


 カールは己の予測力の無さを嘆く。

 だが、恨みつらみを言っている場合ではない。


 玄関から出れないならどうするか。

 な事だ。


 カールは窓を開けた。

 アリスの部屋は二階にあり、カール達はアリスを部屋に運んだ。

 つまり、今いる場所は――


「おとうさん! ここにかいだよ! あぶない!」


「大丈夫だグレイ! 僕を信じて! さあ、いくよ!」


 カールは窓枠を掴み、片足を乗っけた。


 まともに運動するのは久しぶりだな――


 などと思いながら深呼吸をして、積もりに積もった雪の中に飛び込もうと――!


「カール様!」


 良い所でサレナに声を掛けられて、カールは転びそうになったがなんとか持ちこたえる。


「なんだいサレナ! 急がないと……!」


「忘れ物ですよ」


 そう言うとサレナは、カールに向けて剣を投げた。


「このくだり、三年前もしましたよね? 大切な物くらい忘れないで下さい。帰って来たら怒りますからね」


 サレナは溜息を付いた。

 いつもなら恐ろしさのあまり背筋が凍ってしまうのだが、今はそのサレナのが妙に安心する。


「はは。ありがとう。でも、程々にしておいてくれ!」


 カールはそう言うと今度こそ、グレイシャルを背負い雪の上に飛び込んだ。


 バゼラントの雪質は柔らかい。

 普通の人間なら怪我はしないまでも、飛び込んだ勢いで雪の中に埋もれてしまう。


 そう、なら。


 カールは雪に足がつくと同時に、魔力を全身に駆け巡らせた。

 彼を飲み込む筈だった雪はカールの両足によって蹴られ、飛び散っていく。


 雪に沈むよりも早く足を上げる。

 すると積雪など無かったかの様に、まるでそこが元から地面であるかの様にカールは走った。


「すごい! おとうさん! どうやるの!?」


「気合いを入れて走るだけさ! グレイ、しっかり掴まってて!」


「おー!!」


 グレイシャルはこれほど早く人間が走れるのかと感心した。

 すごいとはサレナから聞いてはいたが、よもやそれが本当だとは思ってもいなかったからだ。


 知識ではなく経験として感じる父の凄さ。

 グレイシャルはカールに対して興味と疑問が湧いた。


「ねえおとうさん」


「なんだい!」


「おとうさんは、どうしてけんをもってきたの? たたかうの?」


 思えばカールはグレイシャルと出かける時、いつも剣を腰に携えていた。

 雪の様に白い鞘。幼いグレイシャルがみても美しいと感じる程だ。


 その刀身は見たことは無いがきっと、芸術的な見た目をしているに違いない。


「うーん。僕がこの剣を出歩く時に持っているのは、大切な物……だからかな。勿論戦う為に持って行くこともあるけど、殆どの理由は大切だからだよ」


「たいせつ? なんでたいせつなの?」


「尊敬する人から託されたからなのと、この剣が唯一、僕と父の繋がりだから、かな」


「ふーん。なんだがむずかしいね」


「そうだね。でも、いつかきっと分かる日が来るよ」


 カールのその言葉を境に二人の間にはしばらく無言が続いた。

 しかしその無言も長くは続かない。

 何故なら、


「見えて来たぞグレイ! 教会だ!」


 目的地はもう、目と鼻の先だからだ。


「うそ!? はやくない!?」


「どうだ、見直したかい! これが僕の本気だよ! いつもサレナに怒られてばっかじゃないよ!」


「うん! かっこいい! でも、げんかん。ゆきがあるよ」


 グレイシャルはカールの背中から教会の入り口を指差す。

 そこには山の様に降り積もった雪が出入り口を完全に塞いでいた。


 これでは入ることが出来無い。

 どうするのかとカールに尋ねるグレイシャル。


 カールは直ぐに判断を下した。


「よく見なグレイ。僕達の家と同じで、窓が――」


 カールは窓の枠に飛び乗り、窓を開けようとするが……。


「しまってるよ!」


 窓は閉まっていた。


 それもそうだ。

 寒いと人は、例えそれで温度が変わらないと分かっていても、鍵までも締めてしまうのだ。


「クソ! どうしよう……」


 雪かきをしている時間は無い。

 かと言って建物を壊して入る訳にも行かない。

 いくら貴族とはいえ、法律をガン無視する訳にもいかないのだ。


 カールは瞬く間にあらゆる方法を考えた。

 すぐに教会の中に入れて、尚且つ変な噂が流れづらい方法を。


 そして思いついた。

 カールは窓から再び雪の上に着地し教会とは反対方向、つまりは元来た道に戻る。


「おとうさん!? そっちはおうちだよ!」


 グレイシャルはカールが寒さでおかしくなったのかと思い、頭をポコポコ叩いて正気に戻そうとした。


 カールは至って冷静に対処する。


「知ってるよグレイ。……っと、このくらいでいいかな」


 カールはある程度戻ると再び教会の方を向いた。


「グレイ、今から教会の中に入るから。しっかり掴まっててね。あと、痛いから叩かないでくれると嬉しい……なっ!」


 それだけ言うとカールは勢いよく教会に向かって走り出す。


「わ、わわ!! ぶつかるよ!」


 グレイシャルは恐怖のあまり目を閉じた。


 だが、それはカールにとっては好都合だった。

 何故ならば、カールが入ろうとしているのは壁からではなく、教会の上部にあるステンドグラスを、ぶち破って入ろうとしているからだ。


 もし目を開けられて、割れたガラス片が眼球に刺さったら……。

 ホルムが居るから平気だとは思うが恐らくは大変なことになる、とカールは考えた。


 カールは足に魔力を集中させる。

 教会まであと数メートルという所で雪を全力で蹴り、ステンドグラスめがけて飛び込んだ。


 無事にカールは割れるのだろうか。

 答えは簡単だ。


 カールは通常の人間よりもかなり速く走っている。

 それだけでも質量としては窓ガラスを粉砕するのに十分なのだが、尚且つ鞘から剣を引き抜き、突きの構えを取った。


 美しく輝く銀色の刀身が、雪とカールの魔力を反射して幻想的な輝きを放っている。


 刹那、ステンドグラスは大きな音を立てて割れ、カールとグレイシャルは三階程の高さから教会の中に着地した。

 割れた音と着地の衝撃で、建物内には轟音が鳴り響く。


「大丈夫かい、グレイシャル」


「うん! おとうさん、かっこいい! どこでならったの!?」


「ありがとう。僕は昔、クロード王国のシルバーアーク領、トルマータという街で騎士を……。いや、この話はまた今度だ。まずはホルムさんを探さないと」


 そう言うと彼は剣を鞘に戻して立ち上がった。

 ドアを開けようと近づいた時、人が走って近づいて来る音が聞こえる。


「探すまでもないか」


 カールは胸をなでおろし、自分とグレイシャルの頭に積もった雪を手で払った。


 そんな事をしていると、二人と一匹が勢いよくドアを開けて飛び込んで来る。


「何事だ!」


「きゃー!? 泥棒!?」


「わん!」


 ホルムとリリエル、それからサリー。


 状況を確認するのに彼等は数秒間静止したが、サリーは知ってる匂いに釣られてやって来ただけなので、止まること無くカールに飛びついた。


「やあサリー、久しぶりだね。元気にしていたかい?」


「さりー! もふもふ!」


 グレイシャルはカールから降りてサリーの冬毛を堪能している。

 サリーは喉を鳴らしグレイシャルの顔を舐めた。


 初めてサリーと会った時は子犬ほどの大きさだったが、今やサリーは大型犬並の大きさへと成長している。

 僅か十ヶ月ほどでここまで大きなるとは、グレイシャルは思ってもみなかった。


 とは言っても、ちょくちょく教会に遊びに行っていたので、少しづつサリーが大きくなっていたのは知っていたが。


 さて、ようやく理解が追いついたホルムはカールに問う。


「サリーよりも先に、私に挨拶するのが基本だろう、カール。君の家では人の家のガラスを壊して入るように教えているのかね? それとも、遂に横暴な貴族に目覚めたのか?」


「違うよホルムさん! アリスだよアリス!」


「グレイのお母さんがどうかしたの? カール様」


 リリエルもホルムに続いて聞く。


「妊娠したんだ! いや、違う。出産! アリスが産気づいたんだ! それで夕食の前に急に倒れて……。今はサレナが面倒を見ているけど、いつ産まれるかも分からないからすぐに来て欲しいんだ!」


「「なるほど」」


 二人はそこまで言われて、ようやくカールの不思議な行動を理解した。


「でもカール様。お外はすごいですよ、雪。サリーでもしたまま動けなくなっちゃうほどです」


「それは大丈夫! その為に僕が来たからね」


「ふうむ。いつもは飾りにしてるその腰の剣を使う時が来たのかね?」


「そういうこと! あ、でも一応言うと飾りじゃなくて使う機会が無いだけだから。あと護身用!」


「この街に君より強い者は居ないと思うのだが」


 ホルムの的確なカウンターがカールの精神を削っていく。

 今にも泣きそうな顔をしているカールをリリエルは慰め、ホルムをたしなめる。


「今は意地悪してる場合じゃないでしょお父さん。ほら、行こう。グレイとサリーも!」


「うん!」


「わん!」


 サリーはグレイの服をかじり、地面に座った。

 背中に乗るように言っているのだろう。


 グレイはそれを感じ取り、サリーの背中に乗った。


「じゅんび、かんりょう!」


「わおーん!」


 尻尾をブンブン振って喜びを示すサリー。


「行く前に一応聞いておこう。清潔なタオルやお湯などは」


「ばっちり準備出来てるよ! ささ、行くよ!」


 カールが先頭に立って列を組む。

 一行は廊下を歩き、正面玄関に行った。

 カールが玄関の扉を開けると、そこには背丈ほどもある雪が視界を覆っている。


 つまり、教会の中に四人と一匹は閉じ込められているのだ。


「ねえねえカール様。一体、その剣をどう使うとグレイの家まで行けるの?」


 少し嫌味の様な言葉だったが、リリエルの疑問は尤もだ。

 普通、雪の中を歩くのに必要な物は剣ではない。

 防寒具や長靴、雪をどかす道具だ。


 剣を持ってどうにかしようとしているこの男は、今や権化ごんげそのものだった。


 しかし、カールはリリエルに微笑む。


「まあ、すぐに分かるよ。みんな、少し離れていて」


 カールは他の者に自分から距離を取るように伝える。

 そして剣を鞘から抜き、手に持ったまま雪の中に刺し込んだ。


 カールは深呼吸をして息を整える。


 さっきもそうだったが本当に……。

 こうして剣を構えたり魔力を纏うのはいつぶりだったか――


 昔を思い出しながら剣に魔力を注ぎ込む。


 すると変化はすぐに訪れる。


 剣がのだ。

 それだけでは無い。

 その剣が刺さっている雪の周囲数メートルが、尋常では無い速度で融け出した。


「これなら人が通れるでしょ、リリエルちゃん」


「サリーも居るわよ!」


「わん!」


「はは、ごめんね」


 サリーは少し不満そうな顔をしていたが、今は構ってあげる余裕は無い。

 一刻も早く、家に帰らなくてはならないからだ。


 カールは再び雪の方に向き直り剣を構える。


 まだ腕は衰えていないな。

 これなら、もう少し威力を上げてもいいかな――


 外に出たカールは剣に更に魔力を込める。

 より一層強く輝き出した剣を構え、カールは雪に向かって振った。


 凄まじい熱量を帯びた剣の横薙ぎを雪は受け、先程の比にならない範囲と距離が一気に融けていった。


「おとうさんすごい! がんばれー!」


「頑張れカール様!」


「わんわん!」


 子供達に応援されてカールは歯を見せて笑う。


 ホルムはそんなやり取りを後ろから見て、同じく笑っていた。


「さあカール、道はまだまだ長い。笑っている場合ではないぞ。アリスが待っているのだ。微力ながら協力しよう」


 ホルムは歩いてカールに近づき、横に並んだ。

 そして雪に向かって手をかざし


「炎よ、我が道を照らしたまえ……ロードブレイズ」


 前方に爆炎が音を立てて出現し、凄まじ勢いで雪を蒸発させていく。

 グレイシャルは突如上がった大きな炎を見て驚いた。


「わあ! おじいちゃんすごい! でも、ばぜらんとだとまじゅつだめなんだよ!」


「グレイ、ルールというのは柔軟に変えていく必要がある。それに事情が事情だ。バーレルの街の領主様も許してくれるだろう」


 ホルムは同じようにひたすら雪を融かしていくカールの方を見る。

 カールは振り向きはしなかったが答えた。


「はいはい! 何も見てない何も見てない! 僕達は今、雪の魔物と戦っているんだ。なら仕方ない……。仕ないよね。炎とか弱点だし、命が懸かってるし!」


 そう言ってカール額に汗を流す。

 魔術を合法化する様に、それを見逃す自分を正当化する様に適当なことを叫びながら。


「確か君の方針としては『バレなくて人に危害を加えなければ使ってもいい』だったね。カール」


「あー、聞こえない! 聞こえないぞう! 剣を振るのが速すぎて、なーーんにも聞こえない!」


 ホルムの指摘に対してカールは大きな声を出し、彼の声を遮った。

 それを見ていたリリエル達は声を出して笑ている。


 今宵は満月。


 雪は尚も降り続く。

 グレイシャルとカールの髪の毛と同じ色の真っ白な雪が。


 そして月の光とカールの剣の光もまた、同じ色をしていた。

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