第7話 『料理の合間に』
カールとアリスはご飯を食べ終わり、ひとしきりグレイシャルを褒めて可愛がった後、それぞれの仕事へと戻って行った。
グレイシャルとサレナはと言うと、
「グレイシャル様、お皿洗いくらいちゃんとやって下さい」
「えー……。だっておなかいっぱいでねむいんだもん……」
仲良く昼食の後片付けをしていた。
ウトウトしながら皿を洗うグレイシャル。
当然ながら今回も二人だけなので、サレナが桶に魔術で水を張った。
本来ならば犯罪なのだが、バレなければどうということはない。
しかしグレイシャルは、
「ほかのしようにんさんにやってもらおうよ! ぼくねむいし」
などと言って甘ったれた事を言っている。
それを受けてサレナは、溜息を付きながら厳しい言葉を言った。
「甘えないで下さい。確かに我々はフリードベルク家の方に仕える為に居ますが、グレイシャル様は将来フリードベルク家を継ぐ御方。下々の民の仕事を知らずして街を統治など夢物語です」
「むんー。じゃあがんばるよ」
眠いが仕方無い。
グレイシャルは頑張る事にした。
――――
「やっとおわった! つかれたー!」
「お疲れ様ですグレイシャル様。少し休みましょう。休み終わったら晩ご飯作りが待っていますからね」
「うへー……」
グレイシャルは疲れからか、厨房に置いてある椅子に倒れる様に座った。
「どうぞ、グレイシャル様」
そんな彼にサレナはコップを渡す。
グレイシャルが中を見ると、並々と橙色の液体が注がれていた。
「されなさん、これさっきのおさけ?」
サレナも同じ液体が入ったコップを持ってグレイシャルの隣に座ると、
「違いますよ。子供にお酒を出す訳ないじゃないですか」
と言って片手で口を押さえて笑った。
「まあでも半分正解です」
「えっ」
「さっき料理に使った物はアズマの国の果実、みかんを使ったお酒です。これはお酒ではなく、みかんを絞った果汁です」
「へー……」
グレイシャルは
「そんなに警戒しなくても甘酸っぱくて美味しいですよ」
グレイシャルが安心して飲める様にサレナが先に飲む。
すぐ隣にサレナが座っているからか、喉を液体が通る音が聞こえて来る。
サレナはすぐに飲み干し「ほう」と息を吐いた。
それを見ていたグレイシャルは同じ様に真似て飲んだ。
「……んっ! これ、おいしい! すごいいろしてるのに!」
「そうでしょう? 基本果実はそのまま食べるか酒にするかなので、この様にして使うのはあまりバぜラントでは一般的ではないんですよ」
「そうなんだ。どうしてされなさんはしってるの?」
サレナは足をバタつかせながら答える。
少し行儀は悪いが、今は
「父の影響です。私の家は元々、バーレルの街で酒造ギルドの長を務めてきました。なので、幼い頃から酒の作り方などは父に教えられてきたんですよ。そのついで、ですかね」
「ふーん。ねえねえ。
グレイシャルもサレナを真似て足をバタつかせている。
自分の真似をするグレイシャルがとても愛おしく思えたサレナは、彼を自らの膝の上に乗せた。
そして、グレイシャルの頭を撫でながら話し始める。
「アズマの国と言うのは、地図で言うと右下。東の果ての果てにある小さな島国です。サムライと言われる変わった者達が守る国であり、アズマの国の若き将軍アズマ・マサウミが統治する所です」
「さむらい?」
「えぇ。サムライです。また、今は使ってないですが独自の言語である
「なんだかこわいね」
「そんなことは無い……らしいですよ。彼らは『アズマの心』と言われる独自の文化・信念を持っていて、それに則って行動しているらしいですから。人と人との協力を重んじ、個ではなく集団での行動を第一としているので、一人ひとりが礼儀正しく秩序を守ろうとする善性を持っているとのことです。まあ、怒らせたらかなり怖そうですね」
サレナは本で読んだ知識を思い出しながら話す。
所々、記憶が曖昧なのか普段より歯切れが悪い。
「そうなんだあ……」
「あまり興味がそそられませんか?」
「ううん。きょうみはあるよ。ただ、ばぜらんととのきょりがよく、わからないから」
「そう言えば世界地図は見せたことがありませんでしたね。少々お待ちを」
サレナは立ち上がり、さっきまで自分が座っていた椅子にグレイシャルを座らせる。
自分とグレイシャルのコップを桶の中に入れて、厨房の外に出ていく。
突然一人にされたグレイシャルはやることも無かったので、サレナが桶に入れたコップを洗って待っていた。
丁度自分のと合わせて二つコップを拭き上げたところで、サレナが戻って来る。
「どこいってたの?」
サレナは手に持っていた大きな紙を指で叩いて言った。
「急にすみません。これをカール様に借りて来ました」
彼女はその
グレイシャルがそれを覗き込むと、そこには大小様々な文字や色で書かれた絵があった。
いわゆる、世界地図だ。
「なーに。これ?」
「先程話した世界地図です。アズマの国の話をしたついでに、他のことも教えておこうと思ってカール様に借りて来ました。その答えから察するに、世界地図を見るのは初めてですね?」
「うん。まちのちずしかみたことない」
「ふふ。でしたら、今日は色々知れる良い日ですね」
そう言うとサレナは世界地図についての解説を始めた。
グレイシャルはサレナの話が基本的には好きなので、特に文句を言うことは無い。
「まず私達が住むバゼラント王国のバーレルの街は、エンデロ大陸と言う中央に位置する大きな大陸の中にある、三つの国の内の一つです」
サレナは地図のエンデロ大陸の部分を指差した。
「エンデロ大陸には霊峰シグリッドという大きな山があり、これが国境の代わりにもなっています。この黒い線、これが国境線です。クロード王国のレイル領との間には、無駄な争いを防ぐため両国で運営する組織が検問所を設置しています。通る際には身分確認をされるので、もしクロードに行くことがあれば覚えておいて下さい」
「ねえされなさん」
「はい」
「そのけんもんじょ? って、どこのくににもあるの?」
シンプルな疑問だった。
国と国の境を明確にする物は、他の所にもあるのかという。
「あるといえばありますし、無いと言えば無いですね。何故ならクロードとバゼラントの他に検問所を設置している国は無いからです。しかし、ベイローグ王国とオルド王国は現在戦争中なので、国境のところに検問所よりも更に上の、軍事用の砦が設置されています」
「たたかい? じゃあ、なかわるいの?」
「えぇ。クロードとバゼラントは、カール様がバーレルの長になってからは年々良くなっていますが、オルドとベイローグはもう千年程ずっと戦い続けています」
「どうしてずっとたたかってるの?」
「ベイローグ王国とアラドラメク帝国は、皇帝ファルグレイブの支配下に置かれています。そしてファルグレイブはエルド大陸の統一だけでなく、世界の統一を目指しています。まあ、ルアの民の抵抗の激しさと、地形の悪さが相まって未だに攻略出来ていないようですがね。他の国も然りです」
「ねえ、るあのたみ、ってなーに?」
グレイシャルに教えるのは大変な事なのだ。
一つ教えれば二つ疑問が湧き出て来る。
しかし、グレイシャルはかなり賢い子供なので、一度教えたことは滅多に忘れない。
それが唯一の救いだと言えるだろう。
「ルアの民とは、テレアス教の神話に出てくる十二の神の中の一柱、
「おとうさんって、ばぜらんとのうまれじゃないの!?」
「違います。生まれはオルド王国、育ちはクロード王国シルバーアーク領。今はバゼラントの貴族です。ちなみに、アリス様は生まれも育ちもシルバーアーク領です」
「そうなんだ……。じゃあ、おとうさんてかみさまのしそんなんだ……」
「カール様がルアの子孫かどうかは分かりませんが、アリス様は十二の神の上から三番目、雷神トルーマの子孫の末裔らしいですよ」
グレイシャルは大いに驚く。
それもそうだ、いきなり「母親は神様の子孫だぞ」と言われて驚かないのは、あまりにも大物過ぎる。
「え!? じゃあぼくも……!」
「グレイシャル様も一応、トルーマの遠い遠い子孫ではあるらしいですね。アリス様は
「そうだったんだ……」
サレナは何度も『本当かどうかは分からない』と言った。
もし違っていても平気な様に予防線を張っているのだ。
いきなりの事でグレイシャルも「ムムム」と声を出しながら、色々と考えていた。
そして再びサレナに質問をする。
「じゃあ、かみさまのしそんてことは、なにかすごいちからとかあるの?」
「さあ。でも、トルーマの民は寿命が150年程で、普通の人間より二倍近くありますよ。これは本当です。あと、アズマの国の民も元は太陽神アズマの子孫ですので、なにか不思議な特性などがあるかもしれませんね」
「そうなんだ! ねえねえ! じゃあほかには、かみさまのしそん、いないの!? るあのたみは!」
「ルアの民の不思議な力は聞いたことがありませんが、カール様は竜を倒すほどの実力を持っているので、もしかしたら何かあるのかもしれません」
サレナは次に地図の左上を指差して言った。
「後はここですね。ヴァイタリカ王国。900年ほど前に滅びたネクロライト王国、その当時の王の子孫が後に興した国です。ここの国は十二の神の二番目の神、死神コームを崇拝しており、尚且つコームの子孫とされています」
「すうはい?」
「信じてるってことです。オルド王国は月神ルアを、アズマの国は太陽神アズマを、
「ぼくたちは、てれあすさまをすうはいしてるんだよね?」
「そうですね。その他の国は、アラドラメクとベイローグの帝国側を除いた、他の大体の国は戦神テレアスを信じています。そしてテレアス神は、他の神とは兄弟関係にあります」
「なるほど……」
そう言ってグレイシャルは顎に手を当てて考え始めた。
しばしの間唸り、再びサレナに質問を投げかける。
「てれあすさまは、なんばんめのかみさま? ほかのかみさまのなまえは?」
「八番目の神様です。ルアは十二番目。アズマ五番目、トルーマは三番目、コームは二番目です。他の神様の名前については流石に覚えてません。申し訳ありませんが、テレアス教の方がご存知かと――」
その時だった。
甲高い鐘の音がバーレルの街に響いて来る。
それは教会の鐘、夕暮れを告げる音だった。
「グレイシャル様。少々お話をし過ぎてしまったようです。夕飯の準備と参りましょう」
「えー! じゃあ、あといっこだけしつもん!」
サレナは溜息を付き、たったひとつだけ質問を許可する。
「ほかのくにと、このあおいところのことおしえて!」
「それって全部教えろってことですよね?」
「いっこはいっこだよ!」
まさか自分が三歳に一杯食わされるとは思わなかったサレナ。
多少の屈辱を感じたが、どちらかと言えば成長を喜ぶ気持ちの方が大きかった。
「わかりました。一個は一個。教えます。でも、それが終わったら――」
「わかってるよ! ちゃんとりょうり、てつだうから!」
サレナはもう一度溜息を付いてから、説明を始めることにした。
「駆け足で説明しますから、本当に一切口を挟まないで下さいね?」
グレイシャルは早速サレナに従い、喋らず頷いた。
そうしてサレナは喋り始める。
「シルバーアーク領の真下、海を隔てた所にある国がクロードと仲良しの国、ライン王国です。そして更にその下に海を隔ててノートリア大陸」
「この大陸はモルデスト王国・サラディオン王国・デアルドール王国の三つの王国から成り立っており、三つまとめてノートリア三国と呼ばれています」
「そのノートリア大陸の海を隔ててずっと右、東の果てにアズマの国があります。サムライの本拠地です。最後は――」
そう言おうとして、サレナはチラっとグレイシャルの顔を見る。
彼はいつにも増して真剣な表情で聞いていた。
普段は質問をあれよこれよと投げかけて来るのに、静かに聞いているのは随分と珍しい。
「最後はマデュール王国。ノートリア大陸と海を隔ててずっと左。西の果ての国です。ここが冒険者ギルドの本部がある所です。以上で国は終わりです。次は島と海について」
「無人の島がいくつか世界にはありますが、地図に載るほど大きい代表的な物だけご紹介します。一つ目がマルドロック群島。旧名は精霊の島でした。青級魔術師マルドロック・フィルレーンが千年ほど前、同じく青級魔導騎士であったナベリウス・オブライアンと戦った結果、地形と生態系がめちゃくちゃになり、大小様々な島の集まりとなってしまいました」
「二つ目が竜の楽園。全ての竜がこの島で生まれたとされており、ここには十二の神の一番上。長男の真竜アルタイルが住まうとされています。まあ、危なすぎて近づけないので本当かどうかは分かりませんが」
本当にかなり早口なサレナ。
それもその筈、夕食を作るのを遅れる訳にはいかない。
ましてやグレイシャルも一緒に作るのだ。
余裕を持って作らなければ、時間がいくらあっても足りない。
「そして後は海だけですね。世界には黄金海・精霊海・真氷海・マルドロック海からなる四つの大洋と、ナベリウス大海峡・北ライン海峡・南ライン海峡の三つの海峡からなってます」
そこまで説明してサレナは気づく。
「あぁ……。海とは、塩水で構成された巨大な水たまりのことです。魚などは大抵海で捕れます。この青い所が全部そうですね」
サレナはトントンと、地図の青い部分を叩く。
「以上で説明は終わりです」
彼女は地図を丸めて脇に抱える。
「では、私は今からカール様にこれを返して来ますので。戻ったらやりましょうか、料理」
「うん!」
全部教えてもらえて嬉しかったのか、グレイシャルは笑顔で元気よく返事をする。
サレナはそれを見て、出来るだけ早く戻って来ようと決めた。
https://40555.mitemin.net/i698897/
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