第4話 『夜の密会』

「――さて。それでは本題にいきましょう。魔術について教えて欲しい、でしたよね」


 グレイシャルは元気に答える。


「うん! まじゅつって、なーに?」


 サレナは数秒間の沈黙の後に答えた。


「魔術とは、己の中に宿る『魔力』という力を『術式』と呼ばれる枠に注ぎ込むことで、何らかの事象を発生させる技術です」


 いきなり難しい単語を並べるサレナ。

 グレイシャルにはよく理解出来なかった。


「簡単に言えば……。そうですね。火打ち石や木を使わずに火を起こしたり、何も無い所から水を出したり岩を生み出したり。風を吹かしたり雷を生み出したりする力です」


「たとえば! たとえばどういうの? やってみせて!」


 肩をすくめながらサレナは溜息を付く。


「グレイシャル様、本当にさっきの話を聞いていましたか? この国では実践的な魔術を許可なく教えることや、魔術を使用することは罪に問われます。もしバレたら私は勿論のこと、カール様にも迷惑が……」


 主に迷惑をかける訳にはいかない、その思いからサレナはグレイシャルの要求を断った。

 しかし、グレイシャルも好奇心を満たす為には引き下がる訳にいかないのだ。


「おねがい! ……そうだ! ここはひみつのばしょなんでしょ!? だったらだいじょうぶ! ばれない! かぎもしめる!」


 そう言ってグレイシャルは階段の方に走って行き、ハッチに鍵をかける。


「これでだいじょうぶ! みせて!」


 サレナは大きく息を吸い、吐くと同時に肩を落とす。

 これはもう、逃げられない――


「ここで見たこと、聞いたことは誰にも言わないって約束できますか?」


「うん!」


 バレないように祈りながら覚悟を決め、魔力の流れを意識する。


「先程、魔術は『術式』に魔力を流すと言いましたが、さらに詳しく言うとその術式は三種類あります。一つ目が『陣』です」


 ポケットから羽ペンを取り出し、サレナは床に屈んで円を書いていた。

 大小様々な記号や文字を円の中に書く。


 書き終えると、サレナは円の中心に触れた。

 そして、変化はすぐに起きた。


 火種も何もない空間に『火』が発生したのだ。

 それは握りこぶしほどの大きさの火だった。


「陣とは、術式という枠を何らかの物質で先に構築しておいて、魔力を流して魔術を発動する方法のことです。今日ではあまり一般的ではありませんが、先に陣を書いておけば罠としても使えることから一部の魔術師は今でも使っています」


 サレナは立ち上がりながら説明する。

 グレイシャルにとっては生まれて初めて見る魔術だった。

 羨望や恐怖、期待といった複雑な感情が込められた瞳で、グレイシャルはサレナを見ていた。


「すごいねされなさん! つぎ、つぎはどういうのなの!?」


「次は『詠唱』です。これは術式を、声を使って構築する方法です。魔力があり制御が出来る状態ならば、陣のように何かを描いたりする必要はありません。現在では最も一般的な方法です。弱点としては、声を出さなければいけないので相手にバレてしまう可能性があることです」


 サレナは目を瞑って右手を前方にかざし、魔力を集中させる。


「火よ、我が手に宿れ……ファイア」


 先程出現した握りこぶしと同じ大きさの火が再び出現した。

 そしてその火はサレナが手を握ると消えて無くなる。


「これが詠唱です。決まった文言さえ覚えて、魔力を『制御する』ことができれば誰にでも同じことが出来ます」


「すごい! すごいよ! ぼくでもできる!?」


「魔力の制御が出来れば、ですね。あとはもう少し大きくなったら魔術を発動させるだけの魔力量になると思いますよ。今はまだ無理です。あぁ、そうそう。魔力が無い状態で詠唱をしても魔術は発動しませんので覚えておいてくださ――」


「ひよ、わがてにやどれ……ふぁいあ!」


 グレイシャルはサレナが説明し終わる前に詠唱をした。

 だが、サレナの言う通り魔術は発動しない。


「なんでー!?」


「魔力が足りないからですよ」


 サレナはにんまりとしていた。


「さあ、それでは最後の『無詠唱』です。無詠唱とはその名の通り、喋らないで詠唱すること。つまり、頭の中だけで術式を構築して発動する方法です」


 サレナは再び目を瞑り、数秒間集中。

 そして、一気に魔力を解放する。


 「わあ……!」


 先程とは違い指先ほどの大きさの火が出ただけ。

 そしてその火はすぐに消えてしまう。


 なのだが、グレイシャルはその火の綺麗さに見惚れていた。


「ご覧のように無詠唱でも魔術は発動できます。しかし、発動した魔術の力が弱いことがよくありますね。まあ、私が魔術師ではないので単純に練度が低いだけなのもありますが。使える者が使えば強いと、私に魔術を教えてくれた両目に傷がある獅子顔の獣人は言ってましたよ」


 サレナは立ち上がり、テーブルの上においてあった本を棚に戻して片付けを始めた。


「以上で魔術についての授業は終わりです。なにか他に質問は?」


「はい! どこでまじゅつをならったの! あと『ちゆまじゅつ』ってどうするの!? ほかにはどんなまじゅつがあるの! かいきゅうはあるの!?」


 サレナは一つ一つ、丁寧に答える。


「17歳の時、私は王都の大学に行っていました。その時にさっきも言ったように両目に傷があって獅子顔で世話焼きな獣人が教えてくれました」


 先程よりも少し特徴が増えている、とグレイシャルは思った。


「治癒魔術については私も知りません。そもそも治癒魔術とはテレアス教やコーム教、ルア教で教えられている技術。制御方法などは彼らが独占しています。アズマの国の治癒術もです。つまり独り占めしている為、知っている者はほぼ居ません」


「なんでひとりじめしてるの!? ずるいよ!」


 グレイシャルは一緒に片付けをしながら怒っていた。


「仕方のない事でもあります。いくら信者が居ても現実的な話、お金がなければ宗教を運営していくことは出来ませんからね。それに、そうやって門外不出にしておけば治癒魔術の価値はいつまで経っても変わりませんから。それはつまり需要が消えないって事にもなるんです」


 幼いグレイシャルには難しい話だったが、なんとなくグレイシャルはサレナの言っている事を理解していた。

 というよりサレナは普段から難しい言葉で喋っているので分かる様になって来ているのだ。


「他の魔術ですが、そもそも魔術は『火・水・土・風・雷』の五つの属性を基礎属性魔術と呼び、これらを組み合わせた魔術を複合属性魔術と言います。そしてこの世界の多くの魔術は複合属性魔術と呼ばれるものです」


 引っ張り出してきたテーブル再び奥にしまい、イスを片付ける。


「先程紹介した治癒魔術も複合魔術ですが、どの属性をどれくらいの分量で混ぜるか、それによってどのような魔術になるかは大きく変わります。例えば水を7、土を3で混ぜれば泥の魔術になります。しかし、水を3、土を7にすれば砂の魔術になります」


 ついでに、魔術を使用した証拠である床に書いた陣を消す。


「そして魔力はなにも、魔術を使用する為だけに使うのではありません。剣士なども使います」


「けんし? きしとか?」


「えぇ。近接戦闘をする人達は魔力使って自らの肉体を強化しています。厳密には魔術ではないので、バゼラントでも身体強化は合法となっています」


 サレナは最後に、ペンを服のポケットに仕舞った。


「そして最後に魔術の階級……。魔術ごとに初級から青級まであります。魔術師の場合は剣士などと違って、扱える魔術によって呼ばれ方が違います。中級魔術までが使えるのなら中級魔術師、緑級魔術が使えるなら緑級魔術師。しかし、先程も説明した通り緑より上、赤と青はギルドでの決議が必要です。ちなみに剣術は魔術と違って、技自体には階級がありません」


「なんだかむずかしいね……」


「そうでもありませんよ。あぁ……。もう夜も更けて来たので最後に一つだけ。魔術師の杖についてです。魔術師は基本的に杖を使います。何故かというと、その方が魔力を効率よく術式に流すことが出来たり、魔術の威力が少し上がったり、魔力の制御がしやすかったりするからです。杖の素材によって特徴は変わるので、もし杖を選ぶ機会があったら覚えておいてください」


「けんにも、そういうのあるの!?」


 サレナはグレイシャルの手を握り、階段を上がって廊下に出た。

 そして歩きながら説明する。


「一応あります。魔力が流れやすい剣や、魂が籠もる剣とか。でもそう言うのは凄い珍しいって獅子顔マンは言っていましたね。ふふ」


 サレナはいつになく愉快そうだった。

 二人は廊下を歩きグレイシャルの部屋へ向かう。


「ちょっとされなさん! こっちってぼくのへやだよ!」


「そうですよ? グレイシャル『お坊ちゃま』をお部屋に連れて来たんです。おねんねの時間ですからね」


「まだねたくないよ! もっとおしえてよ!」


「そうは言われましても、私が知っていることはあれくらいです。もし興味があるようでしたら後日カール様かアリス様に聞くことですね。もしくは、大きくなってから大学に行くといいと思います。ただし、バゼラントの大学では魔術は学べないので、一番近いクロード王国に留学するしかありませんね」


 部屋に着き、サレナはグレイシャルをベッドに寝かせて毛布をかける。


「くろーど? ぼくずっとここにいたいなあ」


 そしてベッドにサレナは腰掛け、グレイシャルの頭を撫でる。


「まあ、講師を招くという方法もありますがおすすめはできませんね。お金が高く付くことや、そもそもバぜラントでは魔術師があまりいい顔をされないので、恐らくかなり難しいと思います。それに、グレイシャル様には将来カール様が剣術を教えると張り切っていましたよ」


「ぼくがけんを? ぼくにできるのかなあ……」


「大丈夫ですよ。あなたはクロード王国王立第二騎士団、青薔薇騎士団で先導騎士を務めた『月光の騎士』赤級のカール・フリードベルクの息子なんですから。それに、グレイシャル様は時々すごいことをしますからね。将来が楽しみです」


 サレナは笑いながらグレイシャルの頬をプニプニする。


「されなさん……? どうしたの?」


「――いえ。なんでもありません。さあ、もう良い子は寝る時間ですよ」


「おやすみ、されなさん」


「えぇ。おやすみなさい。グレイシャル様」


 そう言ってサレナはランタンの灯りを消して部屋から立ち去った。



 ――――



 真夜中になってもカールとアリスは寝ていなかった。

 グレイシャルが生まれてからというもの、随分とご無沙汰だったのだ。

 今日はサレナにグレイシャルの世話を頼んでいたので、カールとアリスは十分に愛し合う時間があった。


 グレイシャルが寝静まっても二人が寝ることは無い。

 深く深く愛し合い、永遠を誓い合う。


「カール……。ずっと、ずっと一緒にいてね」


 アリスは縋るようにカールの胸に手を当てた。


「あぁ。この先何があってもずっと一緒だよ。大丈夫。いつかトルマータに、僕達の育った街に家族皆で遊びに行こう。きっと、ルウィンさんも団長も可愛がってくれるさ」


「えぇ、そうね」


 カールは強く強く抱きしめる。

 アリスの華奢の身体を放さない様に。


「愛してるわ、カール……」


「僕もだよ、アリス」


 この愛が消えぬ様にと、願いを込めて。

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