第3話 『秘密の授業』

「まじゅつ……。まじゅつって、なんだろう」


 グレイシャルは気になっていた。

 

 昼間に見た、ホルムの手から出た光。

 転んで痛かったのにすぐに治った膝。

 

 そして、傷付いた子犬が僅かな時間で元気になり、走り回れる様になっていた事。


 確かアリスも『まじゅつ』が使えると、いつの日か父が言っていた気がする。

 そうとなればまずは聞いてみよう。

 

 幼いグレイシャルは食事の後、アリスの部屋に行く事にした。


「おかあさんなら、しってるはず!」


 グレイシャルは母の部屋のドアを開けようとする。

 中からは父の声も聞こえて来る。


「おとうさんもいるんだ! ちょうどいい!」


 しかし、そのドアはいくら開けようとしても開かない。

 何故ならば――

 

「グレイシャル様。今はお父様とお母様は取り込み中です。申し訳ありませんが今はどうか……」


 容姿端麗で冷静沈着なフリードベルク家の女執事が、ドアをガッチリと押さえていたからだ。


「えー! されなさん……。じゃあ、いつならいいの?」


「少なくとも今夜はめ、です。明日ですかね」


 グレイシャルは口を尖らせて飛び跳ねた。

 体をいっぱいに使って駄々をこねているのだ。

 

 サレナはそれを見て、笑いを堪えながら優しくなだめた。


「申し訳ありません。所で、どの様な用でこちらに?」


「あのね、ひるまにね! ぼくころんじゃって……。それでおとうさんとね、きょうかいにいったの! そしたらおじいちゃんとりりえるがね、ぼくとわんわん、なおしてくれたの! まじゅつっていってた!」


 グレイシャルはなんとか身振り手振りで伝えようとする。


「おかあさんがしってるって、まえにおとうさんがいってたからきてみたの。でも、されなさんだめだって……」


「なるほど……。それでしたら、専門外ではありますが私にも多少の心得はあります」


 こちらへ――

 そう言ってサレナは、グレイシャルの手を握り歩きだした。



 ――――



 サレナが連れて来たのはフリードベルク家の屋敷の地下室。

 ここには埃を被った本や骨董品、衣服などが置いてあった。

 無論ここも掃除の対象ではあるが、あまり使わない物ばかりなので一年に一回程度しか掃除をしないのが現実だ。


「ここ、どこ? はじめてきた!」


「ここは屋敷の者でも私とカール様達くらいしか知らない場所、カール様の倉庫です。昔、まだカール様やアリス様が騎士として活躍なさって居た頃に使ってた物を仕舞っておく場所、ですかね。後は賊が襲撃してきた時に隠れる用です」


 サレナはグレイシャルに説明しながら本棚を漁る。

 グレイシャルはというと、珍しい物ばかりなので片っ端から触っていた。


「きし? きしって、おとぎばなしにでてくるやつ?」


「えぇ、そうですよ。とても勇敢で強い騎士でした。今はまったくそんな面影ないですけどね」


 クスクスと笑うサレナ。

 埃まみれだったせいか咳き込んでしまう。


「あぁ、ありました。やっぱりここに仕舞っていましたね、アリス様」


『伝記』と書いてある本棚の中から一冊の本を取り出す。

 本は埃まみれだったので軽く手で叩いた。


「それ、なーに?」


 不思議そうな顔をしたグレイシャル。

 彼はサレナが持っていた本を下から見上げる。


「これは伝記です。この国の魔術についての歴史や、今現在の魔術に対する見解が書いてあります。おとぎ話のような形式で書いてあるので、グレイシャル様でも分かるかと思います。いきなり魔術について教えても良いのですが、前提知識があった方がすんなりと覚えられると思いますので。まあ、グレイシャル様にはまだ早いかもしれませんが」


「こどもあつかいするなー!」


 怒るグレイシャルをよそにサレナは粛々と、テーブルとイスの準備をする。


「さあ、準備ができました。こちらへ」


 サレナは椅子に座るようにグレイシャルに促した。

 グレイシャルはさっきまで怒っていたのを忘れて言う通りにする。

 そして二人は椅子に座る。


 そうして秘密の授業は幕を上げた。


「まずは先程言っていた前提知識の部分です。この国、バゼラントではそもそもの話ですが、一部の例外を除いて魔術を使うことや教える自体が罪に問われます。つまり、やってはいけないことリストの中に入っているのです」


 やってはいけないことリストとは、フリードベルク家においてグレイシャルがしてはいけないことまとめた物である。


「じゃあ、わるいことなの? まじゅつって?」


 グレイシャルは驚いた顔でサレナを見つめる。


「一般的には悪い事とされていますが、例外もあります」


「それはなに?」


「聖職者と王に認められた者です。聖職者は傷ついた人々を癒すための医療行為としてのみ、魔術の使用が許可されます。王に認められた者とは例えばアリス様の様に、強力な魔術が施された魔道具を、安全に解体する仕事をする魔術師などのことです」


 グレイシャルは分かっているのか分かっていないのか、とりあえず頷いている。

 サレナはそれを見て続ける。


「なぜ一部の者しか魔術を使う資格を持っていないと思いますか? この様な規制をしているのは世界でもバゼラント王国だけです」 


 グレイシャルは首を横に振った。


「わからない。なんでなの?」


「それはこの国の歴史が関係しています。そこでです。この伝記はそれを知るのに役立ちます」


 サレナ埃まみれの本を開き、グレイシャルを見つめる。

 彼女はグレイシャルに、静かに最後まで聞くように言い聞かせてから朗読を始めた。


「『今から百年ほど前、バゼラントとクロードとテレアスをまたぐ霊峰シグリッド山の麓の森にて、獣人の子が生まれた。その者の名はジア。シグリッドパンサーの一族に生まれ、六人兄弟の長男であった』」


「『当時のバゼラント王国ではまだ魔法は規制されて居なかった。その代わり、獣族の権利が大きく制限され、彼らは迫害や差別を受けていた』」


「どうしてさべつされてたの?」


「獣族は見た目が獣に近いので野蛮だと思われていたこと、そして普通の人間よりも素早く、力強く長寿であったことから、人間達は反乱を恐れて僻地に追い込んだのです。続けます」


 サレナは続ける。


「『ジアはそのことが許せなかった。弟達は何もしていないのに人間に暴力を振るわれたり、様々な嫌がらせを受けることがどうしても許せなかった。だから変えることにしたのだ。10歳の時、ジアは自分の一族に伝わる二対の短剣と時計を持って森から出て、騎士団に入る為に王都に向かった。それからジアは、様々な理不尽極まる障害を乗り越えて騎士団に入った』」


「『ジアは初めこそ迫害や差別を受けたものの、多くの功績を挙げていった。次第に人々はジアを見下すことは無くなり、仲間として見なすようになった。その頃、他にも変化があった。彼には多くの仲間が出来たのだ。それからジアは更に研鑽けんさんを積み、更に多くの功績を残し赤級せききゅう騎士へと上り詰めた』」


「せききゅう? それはなに?」


 サレナは溜息を付いた。


「後ほど説明いたします。今しばらくお聴きください」


「『ジアが20歳になった時。王都では、ある事件が発生していた。それは獣人が連続殺人事件を起こしたと言うものだった。犯人は捕まっておらず現在も逃走中、良い方向に向かっていた獣人への評価は再び低いものとなった。ジアが積み上げて来たものが、何者かによって全て無にされようとしていた。ジアはこのことが許せず、騎士団の者にも協力してもらい事態の解決に乗り出した』」


「『そして遂にジアは犯人を見つけた。犯人は何らかの方法で獣人の姿に化けていた王族、当時のバゼラント王の弟であり、青級の宮廷魔術師でもあるダーゲリオス・ヨルク・バゼラントだった。ジアは裁きを受けさせる為に拘束しようとした』」


「『しかし、赤級のジアが青級のダーゲリオスに勝てる筈もなく、返り討ちに合ってしまう。駆けつけた衛兵にダーゲリオスが犯人だとジアは言うが、獣人と王族が並んでいて獣人の主張を信じる者は居なかった。ジアは王族に逆らった反逆者として牢に囚えられ、拷問を受け両目を切られた。失明こそしなかったものの、瞼から頬にかけて両側に深い傷を負った』」


 グレイシャルは聞き入っている。

 やはり、子供はおとぎ話や昔話が好きなのだろうと、サレナは思った。


「『ジアが囚えられている頃、ダーゲリオスは王国を乗っ取るために行動を起こしていた。ダーゲリオスは凄まじい魔力で街も城も民も吹き飛ばし、多くの物を破壊した。無限とも思える魔力を持つダーゲリオスには誰も手が出せなかった』


「『一方その頃。ジアは友人でもあり魔術師でもあり、騎士団長でもあるエイルという牢屋から助け出されていた。エイルは一人でも多くダーゲリオスと戦う者を集め、ジアは獣人を貶めたダーゲリオスに、必ず報いを受けさせるため剣を取った』」


「いっかいまけたのに、またたたかうの?」


「えぇ。だからこそあの人は、ジアは今日こんにちでも英雄と呼ばれているのでしょうね」


 サレナは微笑んだ。

 何故微笑んだのか、グレイシャルには分からなかった。


「『ジアは騎士団の仲間と共に再びダーゲリオスと対峙した。しかし相手は両目に魔眼を宿し、無尽蔵の魔力を誇る魔術師だ。まともにやっても勝ち目は無く、騎士団は壊滅寸前まで追い込まれた。その過程で騎士団長のエイルも倒れてしまった。エイルは最後の力を振り絞り、ジアに自分を食べるように言った』」


「なんで!? なんでたべさせちゃうの!?」


「シグリッドパンサー族は、食べた者の魂を自分の中に吸収して永遠の物に変化させる力があります。そういった特殊な力もあって獣人は、当時のバゼラントでは人を食べる危険な種族だと思われていました。実際には、相手の同意を得てのみ行うことができる神聖な儀式なので、滅多にしませんけどね」


 咳払いをして続ける。


「『ジアは友を食べ、その技や力を己がものにした。そして王都を半壊させる程の壮絶な戦いの末、ジアはダーゲリオスの片方の魔眼、無限の魔力を生み出す無窮むきゅうの魔眼を切り裂き、次いでダーゲリオスの肉体を深く深く切り裂いた。ダーゲリオスは力尽きて炎の中に落ちていった。そうして戦いは終わり、ジアはバゼラントを救った英雄となった。だが、ダーゲリオスの死体は見つからなかった。恐らく炎に包まれて灰になったのだろう』」


 サレナは一呼吸置いてグレイシャルに話しかけた。


「いよいよクライマックスです。質問はそのあとにお聞きしますので、もうしばらくの辛抱を」


 続きはまだかという期待の眼差しを向けられ、サレナは続きを読む。


「『国家に仇なす者を討伐したジアに、王は報酬を与えると言った。ジアが求めたのは獣族への差別や迫害をなくすことだった。しかし王は、それは出来ないと答えた。ジアは何故かと答えると王は、この国を救った英雄である獣人を見下す者など、最早どこにもおらぬからだと答えた。ジアの願いは既に叶っていた。王はジアを青級せいきゅうの騎士に推薦し、死んでしまったエイルの代わりにジアを騎士団長に任命した』めでたしめでたし……。という話です。要するに悪い魔術師が国をめちゃくちゃにしたから、この国では魔術を厳しく取り締まって二度とこういう奴が出ないようにしよう、という話です。わかりましたか?」


 グレイシャルは前のめりになっている。

 彼は興奮しているようで、次々にサレナに質問を投げかけた。


「わかった! それよりもせいきゅうってなに!? せききゅうってなに!? まがんってなに!?」


 一気に話して疲れたサレナは目を閉じる。

 一度、深く深く溜息を付いてから深呼吸をした。

 

 しばらくしてから目を開けてグレイシャルに話し始める。


「分かっていただけたのなら何よりです。それでは順番にお話します」


 サレナが話し始めたのは、武器や魔術を扱う者の階級についてだった。


 先程言っていた青や赤の意味、魔眼の意味。

 それを話してもグレイシャルが理解できるかどうかは分からないが、教えてと言われれば教えるだけだ。


「青級や赤級というのは、武器や魔術を扱う者を実力ごとに分けた時の呼び名です。下から順に初級・中級・上級の基礎レベル。そしてその上にある白級はくきゅう黒級こくきゅうの応用レベル。一般的にはこの、白と黒が努力の到達点と言われています」


 サレナはグレイシャルにも分かるように紙に書きながら説明する。


「あぁ、そういえば。グレイシャル様は、文字は分かりますか?」


「すこしだけ!」


 それならばと、サレナは説明を続けていく。


「そして黒の上に、緑級りょくきゅう赤級せききゅうと続き、一番上に青級せいきゅうがあります。黒より上、緑級からは常識外れな強さを持った者しかいません。緑は才能と努力が必要で、赤は才能の到達点と言われていますからね。そしてその上の青級。その時代最高峰の技や実力を持つ者のみが名乗る事を許されます」


 グレイシャルは頭を抱えて唸っていた。


「うーん。だれかがいいよっていわないと、なのっちゃだめなの?」


 サレナは本を読んでいた時と同じ様に淡々と喋る。


「はい。緑級までは貴族やその流派の達人に認められれば名乗ることが出来ますが、赤と青だけは違います。まず、何らかの功績を残す必要があります。次に第三者に証人として冒険者ギルド本部に推薦してもらい、同時に証拠を提出します。するとギルド本部の重役の方達が会議をして、その階級に相応しいかどうかの判断がなされます。御眼鏡に適えば緑から赤、赤から青に階級が上がり称号が貰えます」


「あおのうえはないの? だれがいちばんつよいの? せいきゅうってなんにんいるの? おとうさんてつよいの?」


 一つ知れば二つ、二つ知れば四つ。

 倍々に疑問が出てくるグレイシャル。

 サレナはそんなグレイシャルに微笑みながら、頭を優しく撫でた。


「青の上はありません。一番上なので。誰が一番強いかは本当のところはわかりませんが、一般的には『魔帝』『炎槍』『青のけん』『青のこぶし』『刀神』『剣聖』『極光』『断影剣だんえいけん』『ノートリアの英雄』『バゼラントの死神』の順に強いと言われています。そしてこの『バゼラントの死神』が先程話した獣人ジアです。ちなみに、今言った通り青級は現在十人います。あと、カール様は赤級なのでかなり強いほうです」


 サレナはそれに付け加えて言う。


「そうそう、魔眼もでしたね。魔眼というのは特殊な力を持った目のことです。このあと説明するを流すことで様々な効果が発動します。分かりましたか?」


「うん! おとうさんってすごいんだ! やっぱりね!」


 グレイシャルは満足げに、そして自慢気に言った。


「さて、少し駆け足でしたがこれで前提知識の方は終わりです。次は本題の魔術について……。と言いたいところですが、一旦休憩させてください」


「えー! どうして!?」


 サレナは困ったように言う。


「喋り続けて喉がカラカラですから。少し水を飲んで来ます。10分くらいで戻って来ますのでここでお待ちを。あぁ、刃物などもありますから、あまり触ったりしないように。危ないですからね」


 そう言ってサレナは地下室の階段を登って屋敷の廊下に出て行った。


「つまんないや!」


 一人残されたグレイシャル。

 『自分の見ていないところでは物をいじったりするな』と言われたので暇になってしまった。


 水でも飲んで来ようかなと考えていた時、ふと本棚の中に『青級の者達』と背表紙に書いてある本を見つける。

 

 グレイシャルは好奇心からその本を手に取り開いた。


 一般的には3歳で文字を読むことは難しいのだが、グレイシャル本人の資質とアリスの教え方が良かったのか、彼は世界の公用語であるライン公用語をある程度習得していた。


「せいきゅうのひとのなまえ?」


 グレイシャルが開いたページには次の様に、青級の者の名前が書いてあった。


『魔帝』マルドロック・フィルレーン。

『炎槍』バジリスク。

『青の剣』ルウィン・レアヴィタム・シルバーアーク。

『青の拳』ライウッド・レアヴィタム・シルバーアーク。

『刀神』南杉松みなみすぎまつ

『剣聖』東正海あずままさうみ

『極光』エリザベス・レアヴィタム・シルバーアーク。

『断影剣』ネフェリ・レアヴィタム・シルバーアーク。

『ノートリアの英雄』テオル・ゼン。

『バゼラントの死神』ジア。


「なんだかすごいなまえだなあ」


 首を傾げながらパラパラと他のページを捲るが、難しいことが書かれていてあまり良く理解できなかった。


 そうこうしているうちにサレナが帰って来る。


 いよいよ次は、待ちに待った『まじゅつ』についての授業だ!

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